第14話 【手】

 数分後、書斎へと戻ってきた皆神は普段着から袴姿になっており、手には榊の枝と木製の三方さんぽうを持っていた。


「待たせたな」

「そんなかしこまった服装でなくても、大丈夫だったんじゃないか?」

「この方が精神統一をやりやすいんだよ」


 皆神は両手を広げてくるりと回ってみる。


「似合うだろ?」

「いいから、始めるぞ」


 皆神の茶目っ気のある言動に弐沙は表情を一切変えずに進めようとする。


「はいはい。で、モノはどれだ?」


 そんな弐沙の態度に少し膨れつつ、皆神は手を差し出した。


「これだ」


 弐沙はポケットから朱糸守を取り出して、皆神の手の平に乗っけた。


「……お守り?」


 受け取った皆神はじっと朱糸守を凝視する。


「朱糸守と言って、朱絆神社で授与されているものだ。巷では最強の縁結びのお守りとして有名らしい」

「へぇ……。最強の縁結びねぇ。でも、弐沙がこのお守りを所持しているということは、他に何かあるんだろ?」

「その通りだ。このお守りは絶対に中身を覗いてはいけないらしい。覗けば呪われる」

「呪われる……か」


 お守りを凝視したまま皆神が呟いた。


「本来はお守りの中身を覗くと信仰心が失われるという意味合いで覗くなというモノが多いが、これは正真正銘呪われるというシロモノだ。中身を覗いたことにより、不審死として発見された奴が数人出ている。」

「弐沙は中身を見たのか?」

「あぁ。そして、実際にのろいが発動した。しかも、常人だと死ぬようなものだ」


 そう言って弐沙は包帯の巻かれた首をさする。


「そんなのろいを受けても生きているとか流石だな。中身はなんだったんだ?」

「何かの干からびた肉片と毛髪が入っていた。それ自体にまじないが込められていたようだな」

「ということは感染呪術の類いか」

「そうだ。始められるか?」


 皆神は持ってきた三方の上に朱糸守を置き、その上に榊の枝を乗せた。


「さっきレポートを手伝ってくれると聞いたしな。ここで手伝えないといったら、皆神家の末代までの恥だろ?」

「かもな」

「ところでこのお守りの元の持ち主の名は?」

「水橋玲奈、私の依頼人だ。私にコレを託した後、翌日変死体で発見された。撲殺死体には赤い糸はぐるぐる巻きにされていたそうだ」


 弐沙は皆神に事細かに伝える。


「随分と難儀な依頼を受けたもんだなぁ」

「依頼人死亡でそのままトンズラしても良かったんだがな。私個人としてもそのお守りはどうしても気になる。辿れるか?」

「まぁ、やってみるしかないだろうな」


 皆神はそういうと、朱糸守の上に乗せていた榊の枝を手に取り、軽くお守りの上を払うかのように振り、何やら呪文のような言葉を呟いた。


 すると、朱糸守を起点として彩り様々な糸のようなものが部屋中を張りめぐりだす。

 その糸の一部は弐沙の体の回りにも及んでいた。


「いつに見てもすごいな、お前の能力は」

えにしの糸を具現化する力のことか? 一族の中でも俺だからな、これが使えるの。お陰で稼ぎ時になるとあちこち連れまわされて困ってる。糸を具現化することが出来ても、どれがどうってのが中々判別付かないこともあるから、まだまだ改良の余地がありそうなんだがな」


 皆神はそういいながら、榊の枝を再び三方の上に乗せた。


「それにしても糸の本数が半端ないな」


 弐沙は周りを見る。身動きが取れないほどの糸が部屋中に存在していた。


「それだけこのお守りに関する縁が根深いってことじゃないのか? それに、中身を覗いた弐沙にも縁が出来ている」

「まだ、呪う気でいるらしいな。二回ほど酷い目に遭ったが」

「死ぬまで終わらないんじゃないのか?」

「死ぬまでか……、いつになったら死ねるのだろうな?」


 弐沙は自分に巻きついている糸を指でくるくると絡める。


「ソレを俺が知るわけもないだろ? それにしてもこの糸の絡まり方、何かオカシイぞ?」

「オカシイとは?」


 弐沙の視線が糸から皆神に移動する。


「俺が具現化させる縁の糸は感情別で色分けや強さで糸の太さが違うんだが、一本どう考えても“”糸が含まれているんだよ。ソレがコレだ」


 皆神はお守りの起点から少し外れた位置にある、一本の碧色の糸を指でつまむ。


「碧色は嫉妬や怨恨の感情から成る糸なんだ。それがお守りからではなく、水橋玲奈という個人直接に向けてのびているように見える。つまりは……」

「水橋玲奈は何者かに恨まれていたという可能性もあるということか?」

「しかも、お守りから出ている糸よりは少し糸が太い、かなり恨みを抱えている奴がいたんじゃないか?」


 皆神に言われて弐沙は思考を廻らせる。


「依頼を相談されたときにそのような話は無かったな。ただただのろいが怖いとだけ言っていた」

「水橋玲奈本人はそんな恨みに気づかなかったということか」

「ということは、お守りによるのろいと怨恨の線の両方で調査しないといけないということか。さらにことがややこしくなってしまったじゃないか」


 そう言って弐沙は眉を顰めた。

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