第13話 【殳】
***
ズタボロになった体を懸命に引き摺りながら山道を下る。
あの監獄で私はどれだけの時を過ごしたのだろうか?
いっそのこと此処でくたばることが出来たらどれだけ幸せだろうか。
しかし、それも私には許されていないようだ。
「もうすぐだ」
もうすぐで、噂で聞いていた屋敷に辿り着く。
この奇怪な体質が治るのなら藁をも掴む想いだった。
脱水症状からか目が眩む。
もう少しで……
ガクッと全身の力が抜けて私はその場所で倒れこむ。
『君、大丈夫か! ボロボロじゃないか!?』
誰かが私の元に駆けつけて声をかけた様な気がした。
「誰か……私を……」
誰か私を助けてくれないか?
***
「生憎客人に出せるような高級なお茶はないが」
そう言って皆神は烏龍茶を差し出す。
「それにしてもお前と会ってから、もう十五年も経っているのか?」
「あの頃幼稚園児だった俺が大学生だぞ? 長生きしていると時間の感覚なんて無くなるものなのか?」
「ハハッ。かもしれんな」
弐沙は出されたお茶を口に含む。
「気がついたら一ヶ月経過したことなんてザラだからな」
「それは真っ先に俺のところではなくて、医者にでも駆け込むんだな」
皆神はそう悪態つく。
「弐沙が俺の家に最初に来たのは、曾じいさんの代だっけか?」
「そうだ。お前の曾じいさんが当主になったばかりの頃だから、今から八十年そこらくらい前か」
弐沙は指を折りながら年数を数える。
「曾じいさんがボロボロでぶっ倒れた弐沙を拾ったってじいさんから聞いたことはあるが、本当なのか?」
「とある儀式で拉致され、数年ほど監禁されて、その後使えないからとポイっと山に捨てられた後のことだからな。数年ロクな食事も与えられずフラフラと山を彷徨っている時に、ふと山を降りて少し行った先に、“縁”に関する問題を解決してくれる一族が居ると風の噂で耳にして、その一族ならコレを解いてくれるんじゃないかと思ってズタボロの体を引き摺りながら行った」
「まぁ、確かに俺の一族は“縁”に関するものについての専門家ではあるけど、さすがに弐沙の
皆神は烏龍茶をぐいっと飲み、喉を潤す。
「お前の曾じいさんにも最初同じことを言われたぞ」
「だろうね」
「まぁ解く事は叶わなかったが、珍しいタイプの
弐沙はグラスが空になるまでお茶を流し込む。そして、自分でペットボトルの烏龍茶を注ぎ始めた。
「それから、あの家には良く通っていたな。最近はいろいろあってなかなか行けず仕舞いだがな」
「最後にお前と会ったのは、じいさんの葬儀か。俺の父さんが当主になってから全く顔を見せなくなったな」
「ここ数年いろんなことがあってな。居候も出来たし、そっちの家に行ける様な時間がなかなか取れない」
「居候ねぇ……、弐沙のような奴にホイホイついてくる人間がこの世に存在していたとは驚きだ」
皆神の言葉に弐沙はムッとする。
「私のような奴にとはどういうことだ?」
「浮世離れしているってことだよ。普通は余り近寄りたくない部類だと思うぜ?」
「そう……なの……か?」
弐沙の問いに無言で頷く皆神。
「たとえ私がそうだとしても、居候している奴はさらに浮世離れしている。今度紹介することになるだろう」
「へぇー。そういえば、お前を呪った奴を前に絶対に探し出してやるって言っていたが、見つかったのか?」
「あー、その話か。見つかったといえば見つかったし、何と言えばいいんだろうな」
口にグラスを付けたまま、弐沙は動きを止める。
「煮え切らない返事だなぁ。もしかして、死んでいたとか?」
「相手は神だぞ、死ぬわけ無いだろ? いきなり私のところへやって来たんだ、専属の医師としてな」
「……は?」
弐沙の答えに今度は皆神の思考が停止する。
「いや、意味が分からない。なんで、呪った相手がお前の専属の医者なんかするんだよ」
「私だって理由を知りたいくらいだ。何度聞いてもはぐらかすばかりだし」
「で、呪った相手なら解いて……貰う訳ないよな。そういう言い方だと」
「あぁ。ソイツに解けといっても解き方知らないと言われたよ」
はぁ、と弐沙はため息を付いた。
「そういえば、話が逸れたが私の頼まれごとを聞いてくれるか」
弐沙がいよいよ本題を持ち出す。
「いいけど、条件がある」
「条件?」
弐沙が首を傾げると、皆神は真っ白なレポート用紙をずんと弐沙の前に突き出す。
「大学の課題を手伝ってもらうぞ。弐沙は長生きだからそれなりの知識量はあるだろ? 俺が力を貸す引き換えに、弐沙は知識を貸せ」
「いいだろう」
皆神の条件に弐沙は素直に同意した。
「よし、交渉成立だな。準備をするから待ってろ」
そういうと、皆神は書斎を出ていった。
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