第10話 【姝】
怜たちは取材を終えた後、予約していた村の宿泊施設へ地図を頼りに向かっていた。
地図と睨めっこしていた榎の足がぴたっと止まった。
「どうやらここのようね」
そう言って榎は地図と実際の場所を見比べる。
そこは、大層大きな屋敷のような建物だった。
「ここに泊まるの? なんかジャパニーズダイミョーとか住んでそう! ワクワクしてきた!」
その施設を見て、やけに怜はそわそわしていた。
「昔、村の権力者が住んでいたらしいけど、今は空き家だったところを神社へ参拝して泊まる人向けに開放しているらしいわよ。村の役場へ連絡さえ入れていれば、食事つきでリーズナブルな値段で泊まれるらしいわ」
「へー。村おこしって大変なんだねー」
「さ、入りましょ」
榎たちがそんな施設の中へ入っていくと、囲炉裏がどんと構える居間がその目に映った。
「結構広いねー」
「今日はあたしたち以外泊まる人はいないらしいから、のびのび出来そうね。夜の食事を持ってくるまで取材したメモをあたしはまとめるけど、怜はどうする?」
「俺? 外出ても退屈しそうだし、竹子が取材をまとめている間、邪魔にならない程度にお菓子でも摘んでごろごろしておくよ」
そう言って怜は居間にごろんと横になり、持って来た鞄の中から適当にお菓子を見繕って袋を開け始めた。
「それにしても、なんでそっくりの変装をしているわけ?」
メモをパラパラと捲りながら榎が怜に問う。
「ん? それは話せばながーくなるよ?」
「大体そんな系の話は簡潔に話せばスパッと終わるものばかりよ。簡潔に話なさい」
榎はピシャリと言う。
「んー、簡潔にいうとだねぇ。純粋に弐沙の影武者という意味合いかなぁ?」
「弐沙の影武者ねぇ……あいつ、どう見てもあたしよりも長く生きて不死身そうだから、そういうのいらないように見えるけどねぇ……」
「へ?」
榎の口からトンでもない一言が聞こえて、お菓子を食べていた手が止まった。
「どうしたのよ? もしかして、正解だった?」
「い、いや、違うけど、なんで、弐沙が不死身とかと思ったわけ?」
榎のあまりの洞察力の鋭さに、怜は目を若干泳がしながら訊く。
「この業界にいると……というかあたしの場合は元からね、結構そういう“普通の人間”では無さそうな人間を掘り当てるのは得意だったのよ。だから最初に弐沙をスカウトしたのも、只者じゃなさそうというあたし自身の勘からよ。まぁ、言いたく無いのなら言わなくていいけど。二人ともややこしいわねぇ、全く」
そう呆れながら榎は記事を作成していく。
「あまり首を突っ込むとロクなことないよ?」
再びポリポリとお菓子を食べ始めた怜が言う。
「そこら辺は重々承知しているわよ。だから、あたしが立ち入れる範囲しか踏み込まないし首を突っ込まないわ」
「ん。ならいいや」
怜は納得して、お菓子を頬張る。
すると、急にノックの音が聞こえる。
『すみません、暁鴉村婦人会のものですが、晩のお食事をお持ちしました』
少し年の寄った女性の声が聞こえて、榎は玄関のほうへと歩き出す。
「はーい」
扉を開けると、女性二人がお膳を持って立っていた。
「ご用意をしますので、上がらせてもらいますね」
そういうと女性二人は屋敷の中へあがり、居間のほうへと向かい、手際よくお膳の準備を始める。
「ご用意出来ましたので、夕食をお楽しみください。婦人会が作りました、暁鴉村自慢の特産品や名物を使った料理となります」
「わざわざ準備までありがとうございます」
榎はお膳の前へ座って、女性二人にお礼を述べる。
「いえ、今日は暁鴉村へようこそおいでくださいました。村での夜、ゆっくりお過ごしくださいね。朱絆神社へ行かれたんですよね? 大体女性の方が数人でやってくるのが多くて、カップルさんというのは初めてですね」
「カップルじゃないですよ。二人で朱絆神社を取材しにきました」
「あら? そうなの? ごめんなさいねー、私ったら早とちりで」
女性のうちの一人が赤面する。
「女性グループで泊まりにくる人が多いんですかぁ?」
お茶碗を持ったまま怜が赤面している女性に訊ねる。
「三、四人のグループでお泊りになられる方が多いですね。村を通る電車が夜間帯は殆どありませんし、こちらの施設でお休みになられる人が圧倒的ですね」
「なるほどー。あ、この魚の塩焼き美味しい」
怜はそう言ってご飯をかきこむ。
そんな時、何処からか、
うめき声が聞こえた。
まるで、地面から這い出てくるような低いうめき声に、榎と怜は左右を見回した。
「え、何? 動物かしら?」
「多分、熊ですよ。夜になると良く餌を捜しに山をうろついているんです」
婦人会の女性がそう言う。
「熊ですか。さすが山が近いと動物の鳴き声も近くになるんですね。人里には下りてきたりすることはあるんですか?」
「人里には全然下りてこないので大丈夫ですよ。安心してください」
そう言って、女性はニコッと笑った。
「熊……ねぇ……」
ぽそっと呟きながら、怜は山菜の煮物を食べていた。
次の日、またもや婦人会の女性たちが用意してくれた食事を食べた二人はその後、宿泊施設を出る。
「あー、今日のお味噌汁も美味しかったー」
怜は満足そうにお腹を擦りながら駅に向かって歩いていく。
「アンタ、三度もおかわりしていたからビックリしたわよ、全く。これから電車を乗り継いでいくわけだけど、その後はどうするつもりなの? あたしは直ぐに会社に戻って記事を作っていくけど」
「俺はとりあえず、弐沙と合流かなぁ? というか、弐沙の方は大丈夫なのか心配だよー。見栄なんて張って一人で突っ走らなければいいんだけども」
そう言って少し頬を膨らませる。
「何かあれば連絡を寄越すって言っていたんでしょ? 今のところ連絡も来ていないみたいなんだからいいんじゃないの?」
「ならいいんだけどねぇー」
すると、素っ気無い着信音が怜のズボンのポケットから鳴り響いた。
ポケットからスマホを取り出して、着信相手を確認すると弐沙からだった。
「噂をするとなんとかかな? もしもし? 弐沙ー?」
ニシシと怜が笑いながら電話を取る。すると、
『え、えっーと、れ、怜さんの電話で合ってる?』
電話の先の人間は弐沙ではなく、聞いたことのない声だった。
「そうだけど、君は誰だ? 弐沙は?」
『俺の名は皆神という。弐沙がちょっと諸事情で倒れてしまって、俺の家で休ませているんだけど。あ、ちゃんと弐沙の意識はあるから安心してくれ。寝込んでいる弐沙から君のところへ連絡をしろといわれて今に至るわけなんだが……。あとで俺の家の地図をそっちへメールで送るから迎えに来てやってくれ』
「了解、ごめんねー弐沙が迷惑をかけたみたいで」
相手の素性と弐沙の様子が分かり、険しい表情からいつも通りのニッコリ顔に戻る怜。
『いや、別に迷惑じゃないから大丈夫だ。じゃあ、よろしく頼んだ』
そう電話は切れた。
「アイツどうかしたの?」
「んー? なんだか人の家にお世話になっているみたい。迎えに来いって」
「なにそれ」
「さぁ? でも急がないみたいだし、駅に到着したらその人の家に行く事になりそうだねぇー。さ、駅に向かおうか?」
「そうね」
そんなやりとりを繰り広げつつ、怜と榎の二人は村の駅へと歩みを進めるのだった。
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