第9話 【主】
「初めまして、朱絆神社、神主代行の結ヰかなえと申します。本当にお待たせしてしまってすみません。本日の参拝は先ほど終わったので、そろそろやってくる頃かと思って出てみたら、夏陽さんとお話されていたのですね」
かなえは優しく榎たちに向かって微笑みかけてきた。
「準備は出来ているので、どうぞ社務所の方へお越しください。どうぞ」
そう言ってかなえは榎たちの道案内を始めた。
裏口から歩いて数分で立派な朱絆神社の社務所へと辿り着いた。
「こちらです」
「おじゃまします」
「失礼しまーす」
榎と怜はそれぞれ社務所へと入っていく。
しかし、夏陽は社務所へ入る様子は無かった。
「夏陽さんも入ったらどう? 飲み物出すわ」
「いや、俺はいいっす。例の場所にお神酒置いておくから、かなえさんサイン頂戴?」
夏陽はかなえに納品書を渡し、かなえはそれにボールペンでサインを施す。
「はい、これでいいかしら?」
「まいどありー。ってなワケで、お二人さんごゆっくりな!」
夏陽は怜たちに手を振ってビールケースを持ったまま何処かへ消えていった。
「さ、こちらへ」
社務所内にある応接スペースのようなところに通され、座らされる二人。
暫くして、かなえはお茶を二人前持ってきて、机の上に置き、自分も対面になるように椅子に座った。
「こんな田舎へようこそおいでくださいました。何もないところで待つのも退屈だったでしょう?」
かなえは申し訳なさそうに言うと、榎は軽く首を横に振った。
「いえ、自然が豊かで癒されました。それに、今回はわざわざ取材了承ありがとうございました。まさかお受けくださるなんて思ってもみなかったもので」
「取材をさせて欲しいという熱心なお言葉に感銘を受けたのでお受けしたのです。こちらも楽しみで仕方なかったんですよ」
榎とかなえの会話を怜は目を丸くして聞いていた。
「怜、どうしたのよ?」
「た、竹子が敬語で喋ってる」
すると、榎は怜の背中をぎゅむっと摘んだ。
「いっ!?」
あまりの痛さに怜は急に背中を反らせる。
「年上の人に敬語を使うのは当たり前でしょ」
「だって、夏陽にはタメ口だったじゃん……」
「あーいうのは、例え年上だとしても年上に見えないから対象外」
そんな榎たちのコントにかなえはふふっと笑みを零す。
「おっと、話が脱線しました。それにしても、テレビで紹介されてから凄い人気なんですね。大変ではありませんか?」
「私と神主の弟も正直驚いているのですよ。田舎の神社に毎日のように人が押し寄せることは村始まって以来前代未聞でしたから。しかし、お陰で村がにぎわっていますし、その為なら姉弟二人で頑張っていけますよ」
かなえはそう自信満々に答える。
「そういえば、神主は何処にいらっしゃるんですか?」
社務所内の周囲を見回しても、男性の姿を見ることが出来ず、榎が問う。
「みそぐ……神主なら、自宅で明日授与分のお守りを製作している最中だと思います。毎日結構の量のお守りを授与しているので、ずっと作っていないと間に合わないもので。なので、殆ど表には出てきません。朱糸守は神主の手製でないと効力がないので、その他の業務はわたしが神主代行としてこなしているのです」
「なるほど、そうなんですね」
榎は相槌を打ちつつメモに書き留める。
「ねぇ、かなえさん、あの建物はもしかしてそのご自宅ですか?」
怜は社務所の窓から見えるかなり痛みが激しい一軒の建物を指差した。
「あそこは特別な神事のときにしか使わない道具などをしまう物置小屋ですよ。昔は家としても使っていたんですけどね。痛みが激しくなってきたので物置小屋にしたのです。だから、誰も住んでいませんよ」
「へー、そうなんだ」
怜はそう返事をしながら、未だ視線はその建物をじっと見つめていた。
「何か気になることでもありますか?」
「ん? いや、物置にしては広いなーと思ったのだけですよー。ささっ、インタビューをどんどん続けちゃってください」
怜はそう言って榎に後を託す。
「では、朱糸守の誕生秘話を教えてください。伝承などは一応調べてはきたのですが、神主代行の口から直接お聞きしたく」
「いいですよ。アレはこの国が戦いにより、兵の招集が始まった頃に遡ります」
かなえは朱糸守のことについて話し始めた。
「最初はこの村からは半月に一人二人という頻度だったのが、戦況が激化するに連れて召集される人数が明らかに増えていきました。そして、私の弟である、結ヰみそぐの元にもある日召集令状が届いたんです」
かなえは視線を下へと落とす。
「政府からの召集ですから、断ることも出来ません。しかし、たった一人の肉親を失いたくなかった。私はみそぐに何かしてやれることは無いかと召集日までの数日間必死に考えていたんです」
そう言いつつ指同士を絡ませて、ため息を付いた。
「その時、家の近所でとある不思議な雰囲気を纏った男性にお会いしたんです。悩んでいる様子の私に、『どうしたんだい? 俺でよければ君の助けになろう』と言ってくださって。当時は藁をもすがるような気持ちだったので、不躾なお願いことだということを承知でみそぐのことについて相談したのです。するとその男性は答えたんです」
『では、俺がとっておきの
「と。男性から紺色の布と朱色の糸を渡されて、私はお守り袋を縫ったんです。そして、言われたとおりに私の毛髪を結ったものを袋の中に入れて、男性に渡しました。すると、」
『これで、君の願いは
「と言ってお守りを渡すように言われたのです。私はその言葉がとても嬉しかった。そして、そのお守りは召集の日に弟に手渡し、弟は戦地へと旅立っていきました。そして後に戦いは終結しました。村から召集した人々は半数以上が帰ってくることが無く、遺品だけが家族の元へ戻ってくるという酷い状態でした。私の元にも政府からみそぐの遺品だというものが届けられましたが、私はまだ弟が生きているという予感がしたのです。これが姉弟の縁というものなんですかね? そして、その後も待ち続けて、ついに弟は帰ってきたんです。しかも、無傷で」
「へぇ、無傷でねぇ……」
怜は頬杖を付きながらお茶をすする。
「まさか無傷で帰ってきてくれるなんて思って無くて、本当に嬉しかったんです。そんな奇跡みたいなことを村の人たちも目の当たりにして驚いていました。そして、その奇跡を神様の
心配そうに社務所の窓の外をみるかなえ。
「以上がお守りについての話になります」
「ありがとうございます」
榎はメモ帳を持ったまま軽く頭を下げた。
「そろそろ時間もいい頃ですし、あたしたちはお暇いたします。今日は本当にお時間を割いてくださってありがとうございます」
「いえいえ、私も久々に弟以外の方と長時間お話できて楽しかったです」
かなえはニコニコと笑う。
「それでは、失礼します。ほら、怜、帰るわよ」
「はーい」
怜は長い返事を返したあと、椅子を立つ。
「それでは」
もう一度一礼をして社務所を出る怜たち。
「!!?」
すると、いきなり怜が
「いきなりどうしたのよ?」
榎が少し驚いて怜に問う。
「いや、なんでもないよ。さ、宿屋にいこ?」
直ぐにへらへらとした表情に戻った怜は出口の方へと歩き出した。
「……ただ、うめき声があの物置小屋から聴こえただけだよ」
そう告げた声は風にかき消されて、榎の耳に届くことは無かった。
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