第8話 【首】

「よっこいしょっと」


 金髪の男はそういいながら、ビールケースを地面へと下ろした。


「やあやあ、ここは縁結びの神様の神社だぞ? 君たちのようなカップルは必要ないんじゃない?」


 ニヤニヤとした顔つきで怜と榎を見る男。


「あたしたち別にそういうんじゃないわよ」

「またまたぁ。そう言ってお守りを授かりにきた人たちに裏口から見せ付けるつもりでしょお? 俺には分かっちゃうんだなぁー」

「だーかーらー。違うって」


 榎が幾ら反抗しようとも、男は怜たちがカップルだと思っているようだ。


「余りにしつこいと、首元掻き切っちゃうぞ」


 見兼ねた怜がそう言って男を脅した。男は顔が次第に青ざめていく。


「ひえ。其処のお兄さんはおっかないねぇ。冗談で言ったのにねぇ」

「言ってもいい冗談と悪い冗談があるんだよー。おにーさん」


 怜はニコニコと笑う。


「あたしたち、雑誌の取材で朱絆神社へ来たのよ。入り口はごった返していて入れそうになかったから、こっちの方を登ってきたってわけ」

「あー、あそこ、いつも混んでいるからねー。っていうか、取材!? 俺、雑誌になんて載っちゃうの?」


 雑誌の取材と聞いて、急に男のテンションが上がった。


「まぁ、話を聞かせてくれるのなら、載せるけど?」


 榎は怪訝そうな顔で男を見た。


「えー、うっそー。知っていればちゃんと近所の床屋で髪をセットしてもらったのにぃ!」


 男は慌てて手櫛で髪のセットを整える。


「先に言っておくけど、雑誌として載るのはテキストだけだからね」

「おにーさん、目立ちたがりだねぇー」


 榎が呆れている横で、怜は呑気そうに口を開いた。


「この雑誌が切欠で、俺も遂に芸能界デビューとか!!」


 男の目は眩しいくらいに輝いていた。


「いや、それ、絶対に無いわよ」

「そ……そんな……」


 榎の一言にガックリと男は落胆した。


「全く、忙しい男ねぇ。アンタ、名前は?」

「俺の名前? 夏陽かようっていうぜ。春夏秋冬の夏に太陽の【陽】って書いて夏陽。この暁鴉村界隈で主にお酒を配達しているんだ。今日は朱絆神社で使われるお神酒の配達にな。これがそれだ」


 夏陽はそう言ってビールケースを軽々と持ち上げた。


「配達の途中なら、取材後にした方がいいんじゃないの?」

「いいのいいの。社務所はこの時間帯が一番忙しいから神主代行は出てこないことは知っているし、おねーさん達の取材のドサクサに紛れて受領証を貰えればいっかなーって。だから、俺の知ってる話ならじゃんじゃん言っちゃうよー。おねーさん可愛いし、俺、口がどんどん軽くなっちゃうかもねー」


 夏陽は楽しそうに答えた。


「なんかチャラいから質問しづらいわ」

「わー、それ、俺も思ったー」

「そんなにチャラいかなぁ? 俺のような好青年、他に居ないとおもうのだけど?」


 怜たちの言葉に夏陽は首を傾げた。


「まぁ、質問いくわ。夏陽はこの朱絆神社でお守りを授けてもらったことあるの?」

「いや、無いよ。だって、男の俺があんな女子まみれのところへ買いに行くのって恥ずかしいじゃん。村の人だって少数しか持っていないあのお守りをアレだけ血眼で求めにくるだなんて、数ヶ月前なんかは予想もしなかったよ」

「ということは、人気が出る前は閑散としていたってワケね」

「そういうことになるね」


 ふむふむと、榎はメモを取っていく。


「そういえば、夏陽はこの朱絆神社の朱糸守についての話って知っているのかしら?」

「朱糸守の話ってアレでしょ? 弟さんに持たせたら無傷で帰ってきたってやつ」

「そう。それ」

「配達中とかで村のじいちゃんばあちゃん達の話で聞いたことあるけどさ、本当に無傷で戻ってきたらしいよ。村でも当時、結構な人数の男たちが戦いに繰り出されてさ、戻ってきたのは半数。怪我無く帰ってきたのもその中のごく僅かだって言うのに、本当に戦地に赴いたときのまんまで帰ってきたって。一度は赴いた戦地で大規模な掃討作戦? みたいなのに巻き込まれて、お姉さんは政府のお役人さんから戦死通告を受けたって言うのにさ、その数年後にはピンピンして帰ってきたって凄くね?」

「それは確かに凄いわね」


 榎はさらにメモに書き留める。


「だから、村の人たちがコレはきっと神様の奇跡だって、姉弟の住んでいた丘にお社を作って神社にしたって話。今でも、その姉弟が二人仲良く営んでいるよ。神主の弟さんは滅多に出てこなくて、神主代行としてお姉さんの方が切り盛りしているけどね」

「弟さんは、なんで出てこないの?」


 怜は気になって夏陽に問う。


「さぁ? 元からそんなに表立って出るような性格じゃないって聞いたけど?」


 なるほどねぇ……、と怜は返事をした。


「最近はこんなに村も神社にやってくる人で賑やかになったって村の人たちは喜んでいるよ。コレも神社さまさまだって。俺も、お神酒が売れるし、配達の頻度も増えているから万々歳ってねー」


 夏陽は嬉しそうに話した。


「あらあら、神社さまさまってオーバーですねぇ」


 ウフフという笑い声が聞こえて、怜たち三人が振り返ると、

 そこには、白く長い髪を結っている年老いた女性が紺色の作務衣姿で立っていた。

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