第6話 【澍】

 後日榎から水曜日のお昼頃、駅前に集合との連絡が弐沙に入った。


「ねぇ、本当に弐沙とは別行動なの?」


 まだ別行動なのに納得していない怜は文句を言いながら準備をしていた。


「二手に分かれたほうがやりやすいからな」

「またまたそう言って、本当は専門家さんなんて居なくて自分ひとりで調査するつもりなんじゃないの? 俺に見栄なんて張らなくていいから」

「……見栄なんて元より張っていないが? ともかく、そろそろ怜にも私の同伴無しでも調査をしてきて貰いたい物だ」


 弐沙は朝刊に目を通しながら冷ややかな態度で言う。


「はじめての○○ってやつ? やだなー。俺、まだ親離れ出来てないからー。弐沙離れできてないー」

 弐沙がボソッと呟くと、怜はニコニコと弐沙に笑いかける。

「都合のいい奴め」

「あっは。よく言われるー。でも俺は心配なんだよ。弐沙一人で行動して何か事件に巻き込まれないかとか、道に迷わないかとか、落とし穴に落ちないかとか、それと……」


 怜は心配なところを指折りで数えながら答えていく。


「私がどれほどドジな人間だと思っているんだ」

「え、自覚がないの!?」


 弐沙の言葉に怜の動きが止まった。


「まぁ、冗談はともかく、俺は心配しているんだよ。本当に」

「万が一のことがあればちゃんと呼ぶ。呼べば駆けつけてくれるのだろう?」

「もちろんだとも、なんせ、俺は弐沙の【鏡】だからね」


 怜が自信満々にそう笑った。


「そろそろ時間だぞ?」


 弐沙が探偵社の振り子時計に目をやると、榎との待ち合わせ時刻が迫りつつあった。


「では言ってくるよ。弐沙も気をつけてね」

「分かっている」


 弐沙に見送られて、怜は探偵社を出る。



 榎との待ち合わせ場所に付いた怜は辺りを見回して榎を探す。

 駅前は人通りが多く、なかなか榎を見つけることが出来ない。


「そういえば日中は日に焼けるとかどうとか言ってたけど、竹子大丈夫なのかなぁ」

「念入りに対策をしてきたから大丈夫よ」


 背後から声がして、怜は瞬時に振り返ってさっと身構える。

 そこには、つばの広い帽子を被っている榎の姿があった。


「弐沙から聞いていた話の通りのようね。背後から話しかけると本当に身構えるだなんて」

「おっとついつい昔の癖でねー。あまり、やりすぎちゃダメだよ。ちょっとした勢いで……」





 周囲に聞かれないように榎の耳元で怜が囁いた。


「それは怖いわねぇ、以後気をつけるわ。で、もう一つ弐沙から聞いたんだけど、甘いモノが切れるとスイッチが入っちゃうってのはホントなの?」

「うん。本当だよ。ホラ」


 怜は持ってきた鞄の中身を榎に見せる。

 その中にはクッキーやチョコなどなど甘味が詰められるだけ詰められていた。


「本当に詰め込んであるわね。みっちりと」


 榎はその鞄の中身を見て若干引いていた。


「これで三日分くらいかなぁ?」

「三日くらいなら丁度いいくらいだわね。万が一に備えてあたしの方もいくらか用意しておいたわ」

「ほんと!? あ、ところで、これから向かおうとしている神社って何処にあるの?」

「ここから特急列車に乗って一時間、その後鈍行に乗り換えて三十分のところにある村よ」


 榎は自らのメモ帳を見ながら答える。


「へぇ。随分と遠いのに人気があるんだねぇ」

「こういうのは、芸能人が『どこどこで買った何々が凄く効果があって凄い! 皆にオススメしたくなっちゃう』とSNSに書き込んだり、テレビで紹介したりすれば集団心理で皆欲しくなってしまうものなのよ。そんな心理を利用して企業が芸能人にプレゼンしたりモニターを頼んだりするのが多いわね」

「朱糸守って何かで紹介されたのか」

「確か今年結婚したファッションモデル夫婦がテレビで言ったのが最初ね。これで、私達結ばれましたーなんて言っていたハズだわ」


 榎は記憶を掘り起こして答える。


「おー、随分と詳しい」

「流行には常にアンテナを張っていかないと勤まらない仕事だからね。肩が凝って仕方がないわ」


 榎はそう言って首をぐるぐる回してストレッチをする。


「お勤めご苦労様ですー」

「そんなアコギな商売をやっているつもりは無いわ。話を戻すけど、その夫婦がテレビで紹介したお陰で朱絆神社にはお守りが欲しいっていう人が殺到したってワケ。人気が出だしてから取材依頼出したけども、やっと取材OKが出たのが一週間前というね。おっと、そろそろ特急列車が来る時間になるわね。アンタの分の切符もついでに手配済みだから、とっとと行くわよ」


 榎は怜の分の切符を差し出すと、怜はそれを受け取った。


「了解」


 二人はやや駆け足で駅のほうへと入っていった。

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