第4話 【蛀】

[女子大生の変死体。自宅で見つかる]

 昨夜、●●市のアパートにて赤い糸でぐるぐる巻きにされている変死体を訪れた被害者の友人が発見。警察へと通報した。

 被害者は市内の大学に通っていた、水橋怜奈さん。遺体は体中赤い糸で雁字搦めに巻きつけられ宙吊りにされていたという。警察では先日同市内で起こった不審死との類似点が多いことから連続殺人事件として捜査本部を立ち上げ、調べているとのこと。


「随分と早かったねぇ」


 朝、新聞を広げて水橋が亡くなったという記事を弐沙が見ている横で、怜が呟いた。


「呪いなんて何時起こるか分かったら幾らでも防げるだろう?」

「確かにそうだね。で、弐沙はこれからどうするの?」


 怜はテーブルに珈琲をコトンと置く。


「どうするとは?」

「依頼人は死んじゃったし、依頼を無かったことにするのも可能かなぁーって思って」

「確かにな。それも有りだが」


 ずずっと怜が入れた珈琲を口に含む。


「あのお守りに少しばかり興味が湧いてきたから、このまま依頼は続行させる」

「へぇ。弐沙が興味を示すなんて珍しいなぁ。明日は槍でも降ってくるんじゃないの?」


 そんな冗談を言っている怜の目の前に例のお守り袋を掲げる。

 いきなり目の前に出されて、怜は少し仰け反った。


「どうするの?」

「開けて中身を見てみようと思ってな」

「へー、中を見るのk、えぇぇぇええ!!」


 弐沙の言葉に怜は我が身を疑う。


「中身見たら覗くと呪われちゃうんだよ? 弐沙が呪われちゃう」

「本当に中身を覗けば呪われてしまうのか。それを実証するためには私が見るのが一番いいだろ?」

「確かにそうだけども……」


 怜は妙に納得した様子だが、それでも心配そうに弐沙を見ていた。


「そもそも


 弐沙はそう言って鼻で笑った。


「アレだけ依頼人には呪いを侮るなとか言っていたのに、弐沙はそんなこと言うんだねぇ」

「私はいいんだ。万が一に備えて怜は隣の部屋にでも行っていろ。私が呼ぶまではこっちに来るなよ?」

「分かった。終わったら絶対呼んでよ?」


 怜はそう言って応接間を出て行った。


「さて、始めるか」


 手始めに弐沙はお守りを軽く振ってみる。

 カサカサと微かに袋の中から聞こえるようだ。


『お札以外に何かが入っている?』


 御守りは通常小さい神札が袋の中に入っておりそれが願いを叶える役割を担う。

 しかし、この朱糸守にはそれ以外の何かが入っているようだった。


「……開けるか」


 弐沙は朱糸守の口の紐を緩めて、中身を机の上へと出した。


「!? これは」


 弐沙は中身を見て驚愕した、お守りの中には小さい神札と、



 干からびた赤黒い物体が入っていた。



「ほう、こんなものをお守りに入れるだなんてなぁ」


 弐沙はその赤黒いものを指で摘んでまじまじと観察する。


「これは相当の効力がありそうだな。まじないとして……」


 弐沙は目を細める。


「そして、のろいとしてもだ」


 すると次の瞬間、



 いきなり弐沙の耳がキンと耳鳴りが鳴り始めた。



「早速か」


 気がつくと、弐沙の首には何処からか真っ赤な糸出現して巻きつけられていた。

 そして、ぎりぎりと弐沙の首を絞め始める。



 弐沙は右手をチョキにしてハサミで何かを空中で切るかのような動作をする。

 すると絞めていた糸がプチンと切れ、糸は消滅した。



「怜、もういいぞ」


 お守りの中身を跡形もなく袋の中に仕舞いこんだあと、弐沙は怜を呼び戻した。


「終わったぁ?」


 応接間のドアをゆっくりと開け、警戒しながら怜が入ってくる。


「あぁ。お守りの中身も分かった」

「え、何々?」


 怜は興味津々で弐沙に訊く。


「怜は感染呪術、もしくは感染魔術というのを知っているか?」

「カンセンジュジュツ?」


 怜は頭に疑問符を浮かべる。


「英語だとcontagious magicというが、呪いの一種だ。危険な場所へ赴く者に、自分が身につけていたものを護符として渡すことで危険から身を守って必ず戻ってくるというものがある」

「へぇ。身につけているものなら何でもいいの?」

「あぁ、服でもモノでも、そして……」



「人体の一部でもな」



 そう言って弐沙は例のお守りを掲げる。


「え? 人体の一部?」

「この中には、何者かの毛髪と干からびた肉片らしきものが入っていた。つまりは感染呪術が用いられている」

「えぇー。その中に肉片入っているの? 俺なら持ち歩きたくないなぁ、そんなもの」

「そこは知らぬが仏というやつだ。そして、ご丁寧にこの肉片にはかなり強力な呪いがあるみたいだ。見てしまって死ぬというのはソレが原因だろう」

「なんだか危ないお守りだねぇ。で、弐沙はこの中身を見て何とも無かったの?」

「中身に触れた瞬間に赤い糸で首を絞められた」


 そう言って弐沙は自らの首を擦る。


「すぐに断ち切ったから難を逃れたが、普通の人間なら即死んでいるだろうな」

「ひぇー、それは怖い」

「これは、専門家を動員するしかないかもな」

「そんな専門家、弐沙の知り合いにいるの? むしろ、弐沙に知り合いなんてイリサ以外いるの?」

「私は藪医者以外にも一応知り合いはいる。失礼な」


 やや不満そうな顔で弐沙は怜を睨んだ。

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