第3話 【殊】

「怜、頼みがある。依頼人を彼女の家の前まで送ってやれ」


 水橋が探偵社を出ようとしたとき、所長の弐沙が怜にそう命じた。


「いえ、自分で帰れるので大丈夫ですよ」

「そんなにオドオドしながら帰られても、事故に遭うだけだぞ」


 弐沙に痛いところを突かれ、うっ……と言葉を濁す。


「一応依頼料の中にも含んでいる。だから気にすることは無い」

「でも……、私の巻き添えになったりでもしたら」

「コイツは、多少は丈夫に出来ている。猛スピードで走ってくるトラックと戦っても多分勝てるハズだ」

「弐沙ぁ……、幾らの俺でも猛スピードのトラックには負けると思うんだけども」


 弐沙の言葉に怜はいやいやとツッコミを入れる。


「いいから、早くいってこい」

「はあい。では、水橋さんご自宅まで案内してくださいー」


 そう言って、怜は探偵社の扉を開けて水橋を外へと連れて行った。



 数十分後、水橋は怜に付き添われて彼女の家の前までやってきた。


「すいません、わざわざ家まで付き添ってもらっちゃって」


 申し訳無さそうに怜にお辞儀をした。


「大丈夫ですよ。弐沙の指示ですから。それに、帰る途中で事故とかあったら大変ですし」


 怜は気にしていない素振りを見せる。


「でも大変ですね。呪いだなんて」

「ですね。こんなことになるだなんてあの時は思ってなかったです。でも、これが現実なんですよね」

「大丈夫ですよ。弐沙が必ず解決してくれるので」

「はい、ありがとうございます。では、私はこれで」


 水橋は怜に見送られて自分の部屋へと入り、鍵を閉めた。そして、


「はぁ……」


 と大きいため息を付いて、自分の家のソファに腰掛けた。


「これで良かったのかなぁ……」


 ソファの背もたれにもたれ掛かってうな垂れる水橋。


「アイ……」


 そう呟いてスマホのメッセージアプリを起動、【アイ】と表示されている場所をタップする。

 するとその画面には、



『た、助けて』

『誰かに』

『追いかけられてる』

『なにか』

『なにかもってる』

『た、たすけ』

『たすけ』

『みつかった』

『やめて』

『やめ』

『あああああああああああああああああああああ』


「アイ?」

「ねぇ、アイ?」

「どうしたの?」

「何があったの?」


 水橋が送ったメッセージは既読表示が付くことは永遠になかった。


「一緒にあのお守りを見たアイは死んでしまった。次は、やっぱり私だよね……」


 はぁと再びため息が漏れる。


「調子にのって……ウッ」


 水橋はお守りの中身を思い出して、吐き気を催す。


「あんな……***なものなんて……」


 水橋はソファから立つと冷蔵庫へと向かってドアを開け、ミネラルウィーターを取り出す。そして、ぐいっと一気飲みをする。


「ふぅ……今日はもう寝ちゃおう。早く忘れなくちゃ」


 そう言って水橋は服を脱ぎ始めた時、



 ピンポーン。



 ふいにチャイムがなったのである。

 彼女の頬に冷や汗が伝う。

 心臓をバクバク鳴らしながら、ドアフォンのスイッチを入れると、そこには見知った顔が映し出された。


「なんだぁ……よかった」


 彼女はほっと安堵の表情をして、服を着替えなおす。


「はーい。今開けるよ」


 水橋が鍵を開けて部屋の扉を開けた。

 しかし、開いたドアの先には彼女が見知った顔の来客の姿はあらず、

 彼女の瞳に映ったのは、


「え? なんで?」



 グシャ。



 顔を血で真っ赤に染めてケタケタと嗤う異形の姿だった。

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