第2話 【袾】
探偵社【Worst】の玄関をノックする音が室内に木霊する。
「あ、来たみたいだねー」
真っ青なリネンロングシャツを身に纏った青年が嬉しそうに玄関の方向へとパタパタとスリッパの音を鳴らし、青黒い髪を揺らしながら駆けていく。
「はーい、今開けまーす」
ガチャと重厚そうな扉を開けると、其処には何やら落ち着きの無い女性が一人、周囲をキョロキョロと見回していた。
「大丈夫ですか?」
青年がそんな女性に尋ねると、女性はヒィッと小さい悲鳴を漏らす。
「あ、だ、大丈夫です」
明らかに大丈夫では無さそうな様子であったが、青年は扉をさらに開いて、
「とりあえず中へどうぞ。中のほうが安全ですよ」
と女性を探偵社へと招きいれる。そして、応接間のソファの前へと誘導した。
「ちょっと待っていてくださいね。お茶と担当者を呼んでくるので」
青年は女性を案内した後、扉の奥へと消えて行く。
青年が居なくなったあとも、女性は落ち着きの無い様子で両手に何かをぎゅっと掴んで胸の前で小刻みに手が震えていた。
そんな様子を見ていた影が一人。
「だ、誰っ」
女性が気配に気づいて顔を上げると、先ほど案内してくれた青年……かと思いきや、真っ青なシャツではなく薄いブラウンのリネンシャツを着ている先の青年と良く顔の似ている青年が入り口の前で女性を観察していた。
「この探偵社の長に向かって誰と訊ねるとはいい度胸をしていますね」
青年は女性に向けてそう嗤うと、ソファに対面になるように座った。
「あ、
先ほど案内してくれた方の青年が若干怯えている女性にお茶を差し出す。
そんな青年達を女性は交互に眺める。
「どうかしました?」
「い、いえ。ご兄弟でよく似ているんですね」
本当に青年二人は良く似ていた。まるで間に鏡を隔てているかのように。
「全く、血は繋がってない」
先ほどから冷たい態度しかしていない青年が口を開く。
「え、でもこんなに姿かたちそっくりで」
「ちょっと事情があって、俺の方が変装しているだけなので、気にしないで下さい」
真っ青なシャツの方がフワッと笑う。
「紹介が遅れた。私がこの探偵社Worstの所長の弐沙。そして、良く顔の似ているコイツが怜だ」
「よっろしくー」
弐沙が紹介をすると、怜は少しチャラい挨拶で返す。
「さて紹介は終わったことだし、今回、私たちのところを訪ねることになった依頼を聞かせてもらおうか。水橋玲奈さん」
弐沙に促され、依頼人の水橋はゴクリと息を呑んだ。
「これです」
水橋が握っていた両手を広げ、弐沙たちに見せたのは紺色の小さな袋のようなものだった。
「巾着にしては小さすぎるね」
怜はマジマジとその袋を見つめる。
「これは、お守りだな」
「……はい」
弐沙の問いに水橋がこくんと頷いた。
「お守りって、身につけているとご利益があるってあれ?」
弐沙にお守りについて訊ねる怜を見て、水橋は信じられないという顔をする。
「コイツは海外暮らしが長いからこの国のことについては疎いんだ。気にしないでくれ。ところで、このお守りが一体どうしたんだ」
「依頼は、このお守りについて調べてほしいんです」
「調べるとは、このお守りが授与されている場所とかを調べろということか?」
弐沙がお茶をすすりながら訊くと、水橋は首を横に振った。
「いいえ、これの授与されているところは知っています。私の依頼というのは、このお守りの秘密を解明してください。私は……」
すると水橋はわなわなと震え始める。
「数日のうちに、私はこのお守りに殺されてしまうんです!」
「何?」
依頼人の言葉に弐沙は眉をしかめる。
「お守りに殺されるとはどういうことだ?」
「……この朱糸守には絶対にやっていけないことがあるんです」
水橋の顔はどんどん青ざめてくる。
「それはお守りの中身を覗くこと……、もし覗けば呪い殺されてしまうって」
「要するに、これの中身を覗いてしまったんだな」
「……はい」
水橋は目をぎゅっと瞑って答える。
「友達数人と
「それで、ここに連絡したってワケだね?」
「はい。手当たり次第連絡を取って請け負ってくれたのがこちらだけだったので」
怜に涙ぐみながら答える依頼人の水橋。
「随分と面倒くさい依頼を引き受けてしまったな」
「まぁ、普通はそんな依頼は直ぐに門前払いにされちゃうもんねー」
そんな依頼人の様子を見て、弐沙は頭を抱える。
「お願いします!! このお守りの秘密を解明してください」
「お守りの秘密を解明したところでお前は結局呪い殺されるぞ? 禁忌を破ったのだからな」
「それは私が悪いんです。でも、私みたいなのがこれ以上増えないためにもお願いします!」
そう言って水橋は弐沙に頭を深々と下げる。
「どうする、弐沙?」
「依頼には答えないといけないだろうなぁ。ただし、今回の場合はその呪い発動の刻限がいつかは分からないから前金にしてもらおう。コレだけ頂く」
弐沙はメモに金額をサラサラと書いて依頼人に提示した。
「分かりました。お支払いします」
そう言って水橋はハンドバッグから財布を取り出して提示された金額を取り出し、弐沙に手渡した。
「どうぞ」
「確かに受け取った。ということで契約成立だが、私から最後に一つ忠告がある」
弐沙の言葉に水橋が首を傾げた。
「“呪い”は確かに存在する。それを軽んじては絶対にいけない」
水橋が帰った後、弐沙はまだソファで座って何かを考えていた。
「弐沙、どうしたの?」
依頼人を見送りに行った怜が戻ってきて問う。
「怜、道中誰かに襲われたりしなかったか?」
「ううん。言われたとおりにちゃんと家まで送り届けたけど、特に何かあったって訳じゃ無いよ」
「ということは、本当に呪いの類いか?」
そう言って弐沙は依頼人水橋が置いていった紺色のお守りを手に取った。
「コレが一体どう人を呪うのだろうな」
弐沙は朱糸守をマジマジと見つめていた。
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