05
そして今。
さながら銀の弾丸となって飛び出すリテラ。
ビル街の壁を蹴り、跳ね回り、飛ぶ鳥を超える速度で飛翔する。
戦場は地面に限らず、立体的に拡大する。
足は止めない。止めればそこに集中砲火を食らう。だから上下左右に跳ね続けた。
彼女の武器は一振りのナイフだけだった。当然戦闘は接近戦に限られる。
故に全力の突撃を以って距離を詰めにかかるのだが、その都度的確に牽制され距離を保たれる。
「FNカービンか……またコアな銃を」
「それだけ好きな人には愛されているってことだよ」
「まったく、弱点らしい弱点もない、付け入るスキがまるでないな」
圧倒的な火力を持ちながら、しかしイグニの戦い方は堅実だった。
無理に追わず、過剰に引かず。
常に相手を捉える最良の間合いをキープし続ける。
「つまんないな~……そろそろ終わりにしちゃうよ、文璃ん」
そういうとイグニは、リテラではなく全く見当はずれな方に銃口を向け……。
彼女たちを追いかけ街を駆ける。
人通りのない深夜の街だが、銃声とマズルフラッシュのお蔭で辛うじて彼女たちを見失わずに済んでいた。
「銃火器の擬人化コンテンツなんて、そんなものにどうやって勝てばいい」
大見得を切って彼女をこの場に立たせておきながら、結局ここまで何の役にも立っていなかった。
序盤こそ均衡を保っていたが、イグニの銃撃の前にリテラは徐々に劣勢に立たされていた。
だからこそ、何か役に立てないかと駆け続けていた。
駆け続けて、駆け続けて、そして……
「君、危ない!!」
頭上から落下してくる巨大な掲示板が目に入った。
それが、イグニの放った銃弾によるものだと気付くのに一秒。
そこからもう間に合わないと理解するのに一秒。
そしてその時点ではもう落着までの猶予は一秒を切っていた。
そこで、“僕”を庇う、銀色の影があった。
轟音と共に土煙が上がる。
生きていた。
まだ生きていた。
だがそれは代償を払っての生還だった。
「無事で、良かったよ」
そう言う銀髪の彼女こそが無事ではなかった。
左腕から、夥しい量の血が流れだしていた。
ここまで何の役にも立っていなかった。それどころか足を引っ張った。
「じゃあねえ、文璃ん」
向かいの建物のベランダの上。イグニがライフルを構える。
先ほどまでのアサルトライフルではない。
対物狙撃銃―――アンチマテリアル。
終りなのか?
ここで終わってしまうのか?
彼女を支援すると決めた。
全力をもって支えると決めた。
ならここはまだ、命を捨てる時じゃない。
考えろ。考えて活路を掴め。
彼女が物語のアーキタイプなら、それなら彼女が勝てる物語を用意すればいい。
なら自分は彼女の世界を拡張し、彼女を勝利へ導く者だ。
右手に握り込んだモノリスが熱くなる。
黒一色だったその表面に、数字が浮かび上がる。
「出資する。応えろ物語よ。聖剣の王が携えし短剣よ!」
彼女が握っていた一振りのナイフ。その原典、真なる名前を呼び起こす。
その物語を具現する。
「汝が名は、カルンウェナン!」
それはかの円卓の王が担いし短剣。その身を闇に隠すという隠形の剣。
その力をもって、一瞬、ひと時、銃神の視界から消え失せる。
アンチマテリアルの衝撃がすぐ目の前を掠める。
生きている、まだ自分たちは生きている。
この時初めて、開戦より常に自分の間合いを保ち続けていたイグニが、その標的を見失う。
もの陰に潜み機をうかがう。向こうからは狙えない。当然こちらからもイグニの位置は直接見えない。
だが構わない。
そんなもの、この物語の前では無意味に等しい。
「出資する。応えろ物語よ。悪魔より受け取りし七の弾丸よ!」
目の前に猟銃が浮かび上がる。
イグニの振るう近代兵装に比べ幾分以上に貧弱な装備。
だが構わない。
この銃の、いや、この弾丸の前では、あらゆる銃火器が二軍に落ちる。
リテラと二人、猟銃を構え、そして二人でその物語を具現化する。
「「汝が名は、デア・フライシュッツ!!」」
それは放てば確実に標的を捉えると言われる魔弾。
故に視界に納める必要すらなく、ただ相手を念じ、引き金を引けば良い。
絶対の秘奥の中の秘奥。
遠くで誰かが倒れる音が聞こえた。
右手のモノリスからは勝者を讃えるコールが鳴り響いていた。
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