04



「約束の時間になっても来ないからずいぶんと探したわ」


ユキネと呼ばれていた黒い髪の少女が抑揚もなく口にする。


「そうか、長話をしてしまっていたようだな」


対するリテラは悪びれもなく語る。


「イグニ疲れた~。ユキネ、帰りはおんぶ♪」


そしてフードを被った小柄な少女(イグニちゃん?)が軽いノリで言う。


来訪者たちはどうやらリテラを探してここまで来たようだ。

そういえば最初に用事があるとか言っていた気がする。

であるならば、自分はずっと引き留めてしまっていたことになる。

悪いことをした。

そう思い謝ろうとした機先をリテラに制される。


「すまないな、ここまでだ。あとは交番にでも行ってどうにかしてもらえ」


そしてそっと自分にだけ聞こえるように耳打ちした。


「(何も聞かず疾く去れ。絶対に、モノリスだけは見られるな)」


「あれ~文璃ン、その子だれ?」


フードの少女がこちらに気付く。


「文璃、そちらはどなたですか?」


黒髪の少女も続く。


「ああ、どうも迷子のようでね、案内をしていたところだ。

そういえば名前も聞いていなかったな」


自然に応対したリテラから、後ろ手にとっとと去れと促される。

よっぽど自分はここにいてはいけない存在らしい。

不穏な空気を感じつつも、そそくさと公園を去る。

その瞬間だった。


「あなた、モノリスホルダーですか?」


黒髪の少女の言葉に射抜かれた。


「え?いや……」


反射的に出てしまった否定の言葉。しかし彼女はそれを逃さなかった


「ダウト」


黒髪の少女が呟く。次の展開は一瞬だった。

気付くと地面に組み伏せられていた。

後ろ手に拘束されている。それを成したのは小柄なフードの少女。


「う~ん、動かないでくださいね~。間違って撃っちゃうかもしれないので~」


ガチャリと、頭上で鈍い金属音が鳴る。

それが撃鉄を起こす音だと気付く。

為す術もなく、無抵抗に上着をまさぐられる。


「ユキネー!ほんとに持ってたよ~」


「どういうことですか、文璃?」


「たまたま案内していた迷子の男が、たまたまモノリスホルダーだった」


「ダウト……ではないですね。いいでしょう。そういうことにしておきます」


黒髪の少女はリテラにそれだけ伝えると今度はこちらに声をかけた。


「どこのユニオンの者かは知りませんが、残念でしたね。私たちに会ってしまったのが運の尽きです。

素直にユニオンの情報を吐くのでしたら無事にログアウトさせてあげましょう。

そのあとあなたのポータルは破壊させていただきますが。

勿論、吐かないのであればどうなるかはお分かりですね。

それといずれの選択を選んでもそのモノリスは在り難くいただいていきます。

せいぜい自分の迂闊さを恨みなさい」


ユニオン?ポータル?ログアウト?


「ユニオンなんて知らない。ポータルとかログアウトとか、そんなのも。

そもそも自分が何者かもすらも分らないのに」


思わず吐露していた。

別に言わなくても良かったことかもしれないし、言ったところで状況が良くなることでもなかった。

ただ、


「ダウト……ではない? まさかあなた本当に……」


黒髪の少女は憐れむようにそう告げた。


「言っただろう、“迷子”だと。嘘偽りないと検閲したのはそちらだろう」


そう告げたリテラが改めてこちらへ向き直る。


「君たちモノリスホルダーを含む後援者は、結局のところただの『人間』だ。

この世界に適合したものでも、この世界で生まれたものでもない。

あくまで遠隔からアバターを操作して干渉しているに過ぎない。

ログアウトというのはその干渉を中断して本来の世界に帰る事。

ポータルというのは後援者個々人が持つログイン・ログアウト用の出入り口のことだな」


リテラが丁寧に教えてくれる。教えてはくれるが助けてはくれないらしい。


「ユニオンというのは、まあ、ドス黒い権利者集会のようなものさ。

コンテンツを運営していた者からすれば、当然自分たちのコンテンツは生存させたい。

邪魔なコンテンツは潰したい。

故に自分たちのコンテンツの勝率を上げるため徒党を組んだのだ。それがユニオンだよ。

世界を救う施策でありながら、結局醜い利権争いからは逃れられなかったのさ」


「私たちと同じユニオンに属しておいて、何を言いますか?」


自虐的に語るリテラに、黒髪の少女は容赦をしない。


「そうだな、私も汚い権利者集会の一員だったな」


そう語った銀髪の少女は、先ほど世界を救いたいと語った少女と同じ人物には見えなかった。


その時、なぜだろう。

何も無いはずの、空っぽのはずの自分の胸に、何か棘のようなものが刺さった。


「まあいいでしょう。

たとえどのユニオンとも繋がっていなくとも、あなたが後援者であることに変わりはない。

何らかのイレギュラーを発生させられても困りますので、ここで一思いに止めを刺してあげましょう。

どのみちこの場を生き延びたとしても、あと二週間の命ですし」


「……え?」


思わず声が出た。自分の命なんて大して重みもないと思っていたのに。

その瞬間、衝動的に声が出た。


「文璃、あなたが教えてあげたら?」


「……ここは人間の心から生まれたが、当然人間の世界じゃない。

だからこの世界に人間が接続していられるのはせいぜい二週間が限度。

それを越えたらね、消えてしまうんだよ、心が」


明確な刻限が切られた。それは後頭部に突きつけられた銃口よりもある意味恐ろしいもの。

死。消える。終わる。

それを明確に悟った時―――思い浮かんだのは、銀髪の少女の顔だった。


元々記憶など持たない身だった。だからあるのはこの夜の彼女との数時間だけだった。

正義を語った時の熱意に燃える顔だった。穢れを自虐した際の悲しそうな顔だった。

初めて見た時の、天使と見間違えた顔だった。


彼女は簡単に死を選べてしまう世界を悲しいと言った。

ならばここで自分が死を甘受してしまったら、彼女は悲しむのだろうか。

なぜだろう、それは途轍もない罪悪のように感じられた。


自分の命を失うことへの恐怖より、彼女の顔を曇らせる方に恐怖した。

命のために生きたいのではなく、命のせいで失われるもののために生きたいと思った。


まだ自分の命の価値など分らない。

積極的に生きたい理由も見つからないし、そもそも自分が何かも分らない。

でも、たとえ。

消極的であっても生きたいと願う理由が出来た。


だから、“僕”は、今から生きようと思う。

わずか数時間ばかりの重みで、この死の重みを跳ね除けよう。




そして“僕”は、彼女を見据えた。



「彼女に助けを懇願しますか?」


黒髪の少女は問う。


「仮に彼女があなたを助けたとして。

その際に彼女が被るデメリットを挙げましょうか?

彼女とて組織に属する人間です。その組織に逆らえば当然制裁を受けるでしょう。

それが減給や謹慎などという生易しいものではないことぐらい察しが付くでしょう?

本来受けられたはずの恩恵を全て捨てることにもなります。

その上で、後ろ盾すらもなくなるのです」


正論だ。どうしようもないほどの。

対して彼女は、一言も発さぬまま、静かにこちらを見つめ続けている。


「確かに“僕”を助けることはデメリットだらけだ。

でもだからって、それは“僕”を助けないこととイコールじゃない」


彼女はずっとこの場から離れなかった。

静かに状況を見つめ続けていた。

何故か。それは彼女が『待っている』からだ。


ほんの僅かな時間しか一緒に居ないが、彼女は決してここで誰かを見捨てられる人間じゃない。

だが、それにも関わらず、彼女はただ安易に弱者を助けようとはせず、ただ静かに待ち続けた。

手を差し伸べて良かったねと、ただそれだけではない、そうでないものを望んだ。

誰に? “僕”にだ。

何を? 強者への縋り付きではない価値を。


地面に伏せられ、銃口を突きつけられていても、これは“僕”の戦いだった。

他の誰とでもない。彼女との戦いだった。

生きるため、命を繋ぐために。

彼女が命を懸けるだけの対価を提示しろ。


「利権に塗れる自分を苦く感じていただろう。

正しく在りたいというのに、正しく在れない世界でもがいていたんだ。

でももうそんな我慢は必要ない。

もう君は手を伸ばせるんだ。組織の意向なんてものに歪められない。君の目指す正義を」


「あらゆるデメリットを受け止めろ。代わりに“僕”が、君を全力で支援する」


「“僕”が持つ後援者の資格と力のすべてをもって、君の正義を全面的に肯定しよう」






疾風が走った。


次の瞬間、地面に俯せにされていたはずの体は、銀髪の少女に担ぎ上げられていた。

彼女によって助け出されたのだと遅れて気が付いた。

そして彼女が奪っていったのは自分だけではなかった。

自分を担ぐのと反対の手には、奪われたはずの黒いカードが握られていた。


「これは明確な背信行為、ということでいいかしら?」


「背信? いや違うだろう。

元々『信』など無かったのだから、『背信行為』では、的を外している」


二人の間に緊張が走る。その糸を先に断ち切ったのは黒髪の少女の方だった。


「イグニ……戦闘準備。ディフェンシブ、エリアを三つ使う」


「ええ~三つも使っちゃうのぉ~」


いつの間にかイグニと呼ばれる少女が黒髪の少女―――ユキネのとなりに寄り添っていた。


「先ほど出し抜かれたのを忘れたの? 油断はしない。確実に仕留めなさい」


「りょーかい。実を言うとイグニね、かなりワクワクしてるんだよ。

エリア3つ使っての強化なんて滅多にできないもの。

だから。

一瞬で殺しちゃったらごめんね、文璃ん」


イグニの全身から殺気が走る。

間髪入れず、モノリスをかざし、ユキネが宣誓を開始する。


「ここに心理による闘争を開始する。

我が銃神のイグニの下に、ここに法理を刻まん。

即ち、闘争による決着を。相手の戦闘不能を以って勝利と為さん」


それはアーキタイプ同士の戦いを宣言する詩。


「我が名はアルム=イグニス、煙火纏う、銃と砲火のアーキタイプ。

我が無数の弾丸を以って三の領土を守護せしめん」



「我が名はリテラ=文璃≪アヤリ≫=アルキウム、知識と寓話のアーキタイプ。

我が全霊の戯曲を以って、汝の宮を浸掠しよう」


「狂宴の主催者として開演を宣言しよう。Open Fire!!」



リテラとイグニが弾けるように飛び出した。

ここに、アーキタイプ同士の闘争が始まる。

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