第3話 本音

どうしてこんなに運が悪いか、わからないからなお辛い。


「いいじゃん。だんだんうまくなってる」

「こんなんでいいならいくらでも出来そうだな」

「だから向いてるって言ったじゃん」

部にするなら作ってみれば、と平田に促されて都々逸を詠んでみる日々が続いていた。

図書室で関連の本も借りた。

しかしあったのは一冊だけ。短歌や俳句の本はたくさんあるのに、都々逸は存外マイナーなようだった。

「あんまりマイナーすぎるのもさゆり先生に悪い気がするな」

「そう?先生、たぶん都々逸好きなんだと思うよ」

そうかもしれない。とっさに正宗の都々逸を聞かせた辺り、暗記してるってことだから。

「顧問を頼むのは五人揃えてからがいいよね。まずは部員を勧誘しなきゃ」

「とりあえず二葉さんだろ?あとは思い付かないけど」

「だから、大西先輩と中西先輩でいいじゃない」

「お前……いいのか?」

中西先輩はともかく、大西先輩には複雑な感情を抱いてたはずだ。野球に未練があるならなおさら。

「いいよ。別に怒ってたわけじゃないもん。バイクに乗ってたことは私たちも知ってたわけだし。知ってて、そのままにしてたんだし」

確かにその通りだ。それでも許せるかどうかは話が別じゃないのか。

「小西は嫌なの?」

「……いや。別に平気」

「じゃ、話つけてきて。私は二葉さんのところに行ってくる」

「お前も来れば」

「じゃ、小西も二葉さんのとこ一緒に来る?」

「……ひとりで行ってくる」

あの人は苦手だ。話してると疲れるので平田に任せたい。こんなことで同じ部とか大丈夫なのか。まあ、大会があるわけじゃないしなんとかなるか。

そんなことより、あの二人が都々逸部なんて入るわけがない。そっちの方がよほど気がかりだった。


野球部の部室はあれからそのままになっていた。辞めた部員の荷物が減って心なしかがらんとしている。そこに三人で集まった。

大西先輩とはあれからあまり話していなかった。すれ違ったときに会話する程度。毎日毎日一緒にいて、バカ西トリオなんて言われながらも一緒に帰ってたのが嘘のようだった。

大西先輩の肩にはまだギブスがはまっている。

「リハビリいつからなんですか?」

「もうすぐこれが取れる。そしたらはじめるよ」

「そうですか」

言葉が続かない。久しぶりすぎて、何を言えばいいのか。

なんとなく黙ってしまうが、大西先輩は気にもしてないようだった。何気なく、気負いなくおれを見る。

「で、なんか話があるんだろ?」

「……はい。おれ、新しい部を作ることにしました」

「聞いた。都々逸部だっけ」

「はい」

中西先輩が話したのか。ちらりと見ると頷いた。このふたりの仲はあれからも変わっていないのか。拍子抜けした。

「人数が足りないので部員を集めてます。入っていただけませんか、二人とも」

悩むことなんてないな、と思えて、意外にもさらっと言うことができた。中西先輩がため息をつく。

「アホなこと言ってないでおとなしくサッカー部入っとけって」

「嫌です」

「お前な、栗原がなんであんなにしつこく勧誘してると思ってるんだ?お前の運動能力買ってるからだよ。運動部に行かないなんて持ち腐れじゃねえか」

「でもサッカー部は嫌です」

「じゃあせめて陸上部にしとけ。短距離ならいけるだろ」

それは少し考えたことがある。でも気が乗らなかった。だってそこには誰もいない。大西先輩も中西先輩も平田も。

「おれみたいなヘタレがひとりで何かできるわけないでしょう」

言ってしまってハッとした。これじゃまるで二人がいないと何もできないと言ってるみたいだ。

心の中であせるおれを尻目に中西先輩がもう一度ため息をつく。

「お前はなんでそう自己評価が低いのか……」

「中西」

大西先輩がそれをさえぎった。こちらを見て笑う。

「いいよ。おれ入るわ」

「え?」

「都々逸なら腕使えなくても平気だろうし」

飄々と言い放ち、中西先輩に視線を向けた。

「小西がやるならいいんじゃねーの?」

確かに、とつぶやいた。思案するように視線を宙に向ける。ほんの少しの間。

「ま、生徒会と二足のわらじ履くには都々逸部くらいがちょうどいいかもな」

ほんの十五分。そんな短い時間で、あっけなく勧誘は成功したのだった。


バタバタバタバタ、大きな足音が近付いてきて部室の扉を開けた。バタン、ガッ。ガシャーン。

「痛ったぁ!なんでこんなところにバットが立て掛けてあんのよ!」

「そりゃ、野球部の部室ですから」

「元、でしょ。もう都々逸部でしょ!」

声の主は二葉さんと平田だった。発言を鑑みるに平田の方も勧誘に成功したらしい。

バットに蹴つまずいて転んだその体勢から勢いよく立ち上がる彼女。パンツ見えそう。

「中西、大西。まさか断ったりしてないでしょうね?」

「あー、今了承した」

「さすが中西!」

「なんだ、二葉も入るのか?やっぱりお前あたまおかしいな」

「てことは大西もね?!」

うんうん、と頷いておれを見る。

「だから言ったでしょ?大西も中西も、結局小西くんの言うことは聞くのよ」

「はぁ」

気のない返事をしながら盗み見ると、二人とも明後日の方向を見ていた。なんだよその反応。図星だとでも言うつもりか。そんな馬鹿な。

「……そんなことより確認なんですけど、先輩方は都々逸詠んだことあるんですか?」

疑問に思ってたことを聞く。ぶっちゃけ、おれはこの話が出るまで都々逸の存在すら知ってると言いがたかった。

「あるよ」

「おれも」

「私も」

しかし、返ってきたのは意外な答え。しかも三人とも即答。

「文系クラスは毎年出るもんな、短歌都々逸二十首の宿題」

「そっかー、小西くん理系クラスだからやってないのか!」

「え、大西先輩は?理系クラスですよね?」

「去年現国でやったぞ」

「あー、さゆり先生の授業か。好きだよな、あの人」

「おかげで理系クラスは阿鼻叫喚だったけどな」

つまり、おれだけが予備知識なしだったということか。それなのに都々逸部とか……なにやってんだろ、マジで。

「小西もそのうちさゆり先生の授業でやるはずだぞ。そのときに四苦八苦してたらかっこつかねえな、都々逸部の部長としては」

「……部長?」

聞き捨てならない発言。思わず聞き返す。

「当たり前だろ、言い出しっぺだ」

「いや、でも部長ってのは三年がやるもんですよね?」

「そうとは限らない。文科系の部活は二年が部長のところも多い。美術部、茶道部、文芸部あたりがそうだな」

中西生徒会長が生徒会長らしい発言をする。さすがによく覚えてる。

「では部長は小西で。副部長はどうします?」

「平田がやれよ。その方が小西がやりやすいだろ」

「わかりました」

「決まりね!」

あっけにとられている間に重要事項が決まってしまう。

「あとは何がいるんだ?生徒会長」

「部員五名と顧問を揃えたら学年主任に申請、あわせて生徒会の承認を受け、校長に届け出て設立完了だ」

「学年主任……」

嫌な予感。

「許可を得る相手は顧問の所属学年の学年主任だ。一年は永田先生、二年は楓先生。三年は……」

「栗原か」

全員が眉間に皺を寄せる。

「顧問はさゆり先生に頼もうと思ってるんですけど、さゆり先生の所属は二年ですよね?」

「だな。だが、もし三年の教師になったら許可を得る相手は栗原だ」

「これは是が非でもさゆり先生に引き受けてもらわないと……」

「行け、小西」

行くのはやぶさかではない。が。

「お願いに行くんですから全員で行くに決まってるでしょう。お願いですから失礼のないようにお願いします。言動だけじゃなくて服装もです、特に大西先輩、シャツは整えてボタンは留めて、ちゃんと校章もして下さい。それから……」

「うるせえな、お前は母ちゃんか」

「小西くんって世話焼きなのね……!中西!中西は大西になにも言わなくていいの?!」

「だからなんなんだよその質問は」

「じゃー明日の放課後にでもさゆり先生のところに行きましょう。解散!」

うるさい三年を意に介さずさらっとまとめる平田を見て、もしかしたらおれよりもこいつの方が部長に向いてるのではないかと思った。


本当はさゆり先生のところにはひとりで行きたかった。

でも、もしひとりで行って断られたら立ち直れないと思ったのだ。礼儀だのなんだのは建前だった。おれは結局ヘタレだ。

「都々逸部?」

また変わったこと考えるわね、とさゆり先生は笑った。変わった部であることは承知している。彼女が驚くのも至極当然だった。

「野球部の緊急避難なのよね?」

そんなつもりはなかった。首を振る。

「いえ、やるからにはちゃんと続けます」

そうであるべきと思っていた。新しく部を作るというのはそういうことだ。野球部のことは、もう忘れなくては。

「そうなの……」

彼女は意外そうにおれたちを眺めて、残念そうに笑った。

「私、野球部好きだったんだけどな。仲良くて、楽しそうで、一生懸命で」

心が揺れるようなことを言う。

「……でも、今は野球はできませんから」

黙ってしまったおれと平田を見て、中西先輩が助け船を出した。我に返る。

「そうです、野球部は残念ですけどもういいんです。都々逸部も考えてみたらおもしろそうだし」

「私も結構好きなので、都々逸」

「私はこのメンツがどんな風に詠んだりするつもりなのかに興味があります!!」

「いや、二葉、お前はいいから」

暴走しそうな彼女を大西先輩が止める。さゆり先生が笑う。

「やることは変わっても雰囲気は変わらないみたいね。やっぱり楽しそう」

そして大きく頷いた。

「それなら引き受けるわ。どんなことができるか考えるのも面白そう。一緒に頑張りましょう」

「え、いいんですか?」

あまりにあっさりだったので拍子抜けした。都々逸だけを部にするなんて手詰まりになる、やめときなさい、そう言われる可能性の方が高いと思っていたから。

「うん、私も都々逸大好きなのよ。それに」

おれたちの顔を順番に見て。

「部活の顧問って、やってみたかったの」

心底嬉しそうに笑った。


現国や古文の先生たちには私から話をしておくけど、学年主任の先生のところに行くときは着いてきてね。部長だけでいいから。

さゆり先生にそう言われて、役得と思ったのは確かだ。

にやにやしながらこちらを見ていた平田のことは無視した。先生に気付かれるわけにはいかない。

「へー、都々逸部!面白いこと考えるわねー」

そんなわけで、さゆり先生と二人で学年主任に話をつけに来ている。

音楽の楓先生。笑いの絶えない楽しい授業をするので生徒から人気が高い。いろんな楽器を弾けるが、なぜか一番得意なのはマンドリン。

「いや先生マイナーすぎるでしょ、嘘でもギターとか言っておけばいいのに」

「わかってないわねー、マイナーだからいいんじゃない」

生徒が変わる度このようなやり取りをしている。

そんな彼女だからか、まず聞かれたのは音の話だった。

「都々逸ってあれよね、寄席で三味線弾いて唄うやつよね?」

「はい。……まさか先生、三味線も弾けるんですか」

「やったことないけど、ご所望なら練習するわよ」

「マジすか」

許可するともなんとも言っていないのに、すでに肯定気味の会話。彼女らしい。

「楓先生、そんな約束しちゃっていいんですか?」

さゆり先生が笑いながら聞く。

「まぁ、どれくらい本気かによるわよねー」

そう言って、おれの目を見据えた。

「野球部はもういいの?」

さゆり先生と同じ質問。そうやって聞かれると一瞬言葉につまる。やはり先生たちはそこが気になるようだった。

「いいんです、もう。八人じゃ野球はできないし、先輩たちも受験だし。一年はサッカー部で頑張ってますし」

「そう、サッカー部。その問題もあるよね。きっと栗原先生が全力で止めに来るわよ。私だって小西くんが文化部なんてもったいないと思うもの」

「……僕が好きなのは野球で、あの部の部員たちなんです。それがいないところには行きたくないし、行く気もないです」

「うーん、なるほど」

部設立の届け出用紙に並んだ名前を見て、納得したように頷く。

そして珍しく真剣な顔でさゆり先生を見上げた。

「戦えるの?栗原先生と」

その言葉を聞いて、おれの背筋は凍った。

おれたちはもしかして、さゆり先生にものすごい負担をかけることになるのではないかと。

それなのに。

「大丈夫ですよ。だって、本人がこう言ってるんですから」

生徒の意思を尊重するだけのこと、教師ができなくてどうします?

こともなげに言う姿を見て、心臓が鳴った。やばい。

「決意は固いのはわかったわ。でもひとつだけ条件がある」

右手の人差し指を立てる楓先生。何を言われるのかと身構えるおれ。

「きちんと活動すること。文芸部並みに。作った意味があるように」

それならできると思った。深く頷くと、楓先生はいつもの調子に戻って笑った。

「わかりました、許可します。頑張ってね」

驚くほどトントン拍子。無事に設立の許可を得て、また一歩設立が近づいてきた。


礼を言って楓先生のもとを後にし、二人で廊下を歩く。みんなが待つ野球部の部室へ。

「よかったね、許可がもらえて」

「……先生、本当に大丈夫ですか」

「なにが?」

わかってるだろうに、こともなげ。先生は大人だ。おれとは違う。

「楓先生の言う通りだと思います。栗原先生、絶対うるさいと思いますけど」

「小西くんのこと好きだからね、栗原先生」

「好きなのは僕じゃなくて、僕の足だと思います」

確かにおれは足だけは速い。それがサッカー部に都合がいいだけだ。

「そうなの?」

またそんなことを言って、という顔。優しい目。そして話を変えてしまう。

「それより、小西くんが都々逸なんて驚いたわ。好きだったの?」

「先生が言ってた都々逸の意味を平田に聞いて、それで興味がわいて」

「ああ、あのときの!」

覚えてくれてたのか。彼女にとっては大勢の生徒のうちの一人にかけた何気ない言葉だろうと思っていたから、その事が少し嬉しかった。

「でも、詠むのは難しいです。なかなかうまくいかない」

「うーん、そうねー」

さゆり先生は考えるそぶりで視線を上げ、いたずらっぽい顔をした。

「恋を、するといいよね。都々逸を詠むには」

心臓が跳ねた。見透かされたような気がして。

「小西くんは彼女いるの?」

そして、深読みしてしまいそうな質問。そんな意図がないことは明白だが、わかっているのに心臓がうるさい。

「……いえ。いません」

「野球一筋だったもんねー。平田さんとかいいと思うけど。どうなの?」

「平田はいいやつですけど、友達というか……同志に近いから、あまりそんな風には考えたことがないです」

「そう」

おれの心境など想像もしていないであろう彼女は、いつも通り華やかに笑った。

「じゃ、それを都々逸にしてみたら?」

つまり題材はなんでもいいのよ。心を詠むことが出来れば。

なるほど、などと答えながら、隣にいる彼女をあまり見れないまま視線を落とした。

いつになく近い右手。今なら触れるかもしれない。あと少し手を伸ばせば、足を踏み出せば。


一歩踏み出しゃその手が取れる

なのに怖くて手が出せぬ


無駄に出来上がってしまった七七七五に、心を詠むってこういうことなのかなとぼんやり考えていた。


もちろん触ることなどできるはずもなく、そのまま部室に戻って許可をもらえたことをみんなに報告した。胸を撫で下ろす一同。残る事務手続きは生徒会への届け出だけ。

「じゃ、それは中西先輩お願いします」

「いや、そうはいかねえよ。ちゃんと全員で持ってかねーと、瀬尾がうるさいからな」

「あー」

瀬尾先輩。生徒会副会長。カリスマ性だけで会長をやっている中西先輩と違って、きちんと事務処理をこなす仕事のできる人。たぶん、本当に生徒会を回しているのは彼だ。

「瀬尾は敵にまわさない方がいいな。なんか喜びそうなもの持っていくか」と、大西先輩。

「つっても、あいつが好きなものってドイツ文学史とかだぞ」と、中西先輩。

「うーん、瀬尾くんには萌えないのよねー」と、二葉さん。

「いや、なんでそんな越後屋風味なんですか。普通に持っていきましょうよ」

おれがそう言うと、三人が一斉にこっちを向いてまくしたてた。

「わかってない、お前はわかってない」

「あいつから予算を取るのがどんなに難しいか」

「すっごい淡々とダメ出しするからね!ドSだから!私はドS攻めには萌えないのよ!!」

約一名どうでもいい情報を織り混ぜて主張しているが、なんとなく理解はした。石橋を叩いておくべき相手ということか。

「と言っても、瀬尾先輩は会計じゃないですよね。会計は二年の征矢でしょう?」

征矢は平田と同じクラスの小動物みたいな女だ。ハムスターっぽい。挙動が。

「そっか。せいちゃんなら私、頼めるよ」

平田が言う。同じクラスのよしみが通じそうな相手のようだ。

「それはいいかもな。瀬尾は征矢のこと信頼してるし」

中西先輩が首を縦に振る。よかった。それなら貢ぎ物もいらなそうだ。

「じゃ、平田が征矢に話をつけて、そのあと生徒会に出しに行くってことで」

「了解」

その日はそれで解散となった。


数日後のこと。おれは生まれて初めて女子に呼び出された。そういうことに縁がない理系クラスの面々にからかわれながら廊下に行くと、そこには想像と違って険しい顔の相手がいた。

渕崎麻美。平田と同じクラスの。

「ちょっと、来て」

なんとなく逆らわない方がいい気がして、言われるがまま校舎裏へ着いて行った。

そして、第一声。

「気に入らない」

なんか超怒ってる。

「小西が都々逸部なんて言うから、はるちゃんが文芸部に来てくれなくなっちゃった」

言われて、気付いた。渕崎は文芸部の部長だ。そう言えば平田、文芸部に誘われてるって言ってたっけ。

もしかしたら、平田と征矢が話を進めてるところを見かけたのかもしれない。

それでどうやら怒りの矛先がこちらに向いたようだった。とばっちり。

「でもそれは平田が決めることだろ」

「だとしても気に入らないものは気に入らない」

「そんなこと言われても」

困る。おれにはどうしようもない。

「だいたい、都々逸だけで部活にするなんてなに考えてんの?どういう活動するつもりなのよ」

「それはこれから考えるけど……あ、ちょうどいいや。文芸部がどんなことやってるか教えてよ。参考にするから」

「なにそれ無神経」

余計に怖い顔。しまった。

「うちと同じことするなら別の部にする意味がない。おとなしく文芸部に入ればいいじゃない」

もっともなことを言われているのがわかった。しかし脳裏によぎる二つの顔。あの二人が文芸部に入るわけがない。おれだって入りたいとは思わない。

「じゃ、いいよ。自分達で考える。考えるのも面白そうだしな」

「できるの?というか、そもそも小西には都々逸なんて無理だと思うよ。できるって言うなら試しにひとつでも詠んで見せてよ」

はじめて面と向かって無理だと言われて、カチンと来た。

詠むことはできる。平田以外に見せたことはないけど、随分作ったんだ。やってやろうじゃないか。

「跳ねる白球、追う足音が」

おもむろに七文字を唱えた。意外だ、というように渕崎の目がおれを見ている。

「聞けぬグランド……」

でも、そこまでだった。

なぜかそのあとの、たった五文字を続けることができなかった。

できないままおれは自覚していた。

本当は、都々逸部なんてやりたくないのだと。

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