第十九話「手向けの花は牡丹のように」

「説明してもらおうか。部下同士が殺し合ってる理由をな」


その顔には怒りと憂いが覗くも、驚きや動揺の色は見えない。


「わざわざ説明しなくとも察しがつくだろう? 局長、いや六花牡丹」


「やはり憎悪に囚われたか。信じていたのだがな」


「大勢の兄や姉が死んでいった。最後の最後までいいように使われてな。俺はごめんだ」


「私は、お前たちに残された時間を精一杯生きて欲しかった」


「お前に何がわかる? 都合よく使い捨てられる為に生み出された俺たちの何が!」


「最早私の声すら届かなくなったか。ならば、引導は私の手で渡す。憑鬼組の長たる私の手でな」


 睨み合う六花と迫水。


「その喧嘩待ったぁ!」


 そこへ割って入ったのは輪太郎だ。


「隊長よ、ここは俺にやらせてくれ。局長と戦り合うなんざ、餓鬼の時分以来だからな」


「ふん、好きにしろ」


 群鮫を鞘に納める迫水。その眼には、既に死に体である右彩は映っていなかった。


「礼を言うぜ。行くぞ局長ー!」


 炎と煙を噴き上げ、輪太郎が突貫する。


「ああ来い。鬼変化【弔花黒雪姫とむらいばなくろゆきひめ】」


 黒雪という名とは対照的に、どこまでも白く染まってゆく六花の肌。周囲の空気中の水分が氷結し、黒い外套の袖や髪の先が白く凍りつく。


「おおおおお! 回れ地獄の大車輪!」


 紅蓮の炎に包まれて、車輪が回る、回る。輪太郎の長身をさらに越えた爆炎が、両の脚から立ち昇った。


「いきなりこれか。いいだろう」


 微笑む六花。その身に大きくうねる二本の炎の柱が迫る。


「山破・武威末楠ぶいまっくす! 燃え尽きろぉぉ!」


 凄まじい噴煙と業火。しかしそれが六花に届くことは無かった。炎は勿論のこと、車輪さえもが凍りつき、完全に動きを止めたのだ。


「くそっ! 相変わらずの化け物っぷりだぜ!」


 輪太郎は再び車輪を回そうとするが、それが叶うことは無かった。


「お別れだな、輪太郎。お前たちを救ってやれなかった私を許すな」


 白い両手が輪太郎に触れようとしたその時、眼飛徒の光弾が頬を掠め、六花は後方へと飛び退いた。


「おま、瞳!」


「文句言わない! こうでもしなきゃ倒せる相手じゃないでしょう!」


 瞳が飛び出し、輪太郎の加勢に入る。宙をまう眼飛徒が六花を追尾し、光弾を発射した。


「ごめんね局長、手加減しないから! 愛捨動!」


「する必要は無い。全力でやれ、私もそうする。千年氷壁」


 かざした手の先の空気が氷結し、氷の壁が現れた。分厚い氷に眼飛徒の攻撃が阻まれる。


「千年氷柱」


 地面から無数に生えた氷の棘が、浮いてる目玉の全てを貫いた。


「ああああっ!」


 瞳の絶叫。腕の目があった箇所から血が流れる。


「さらばだ。瞳、除隊を赦す」


 六花は両手で慈しむように瞳の頬に触れ、唇を重ねた。


 凍中花葬とうちゅうかそう。口から注ぎ込まれた冷気が、対象を体内から凍結させる必殺の技。これを受けて助かった者は一人も存在せず。瞳の体もまた、内部から凍りつき砕け散ってゆく。


「まいったなあ。手も足も出ない」


「すまなかった。お前たちにはもっと……」


「いいのよ。どうせそう長くは生きられなかっただろうし。じゃあね局長。最後に迷惑かけてごめんなさいね」


 瞳の声は弱々しくなっていき、ついには凍って砕けて散った。


「次は誰だ? 二人まとめて相手しても構わんぞ」


「厄介な女だ。崩世の乱の時を思い出す」


 迫水は群鮫を抜き、六花の前へと立つ。


「隊長、俺はまだ!」


「下がっていろ。ここからは俺がやる」


 動けない輪太郎を一瞥して、迫水が言った。


「迫水、お前の目論見はここで潰える」


 六花は空気中の水分から氷の刀を作り出し、斬りかかった。迫水はそれを群鮫で受け、鍔迫り合う。


「凍らせるという一芸だけで、よくもここまでやれるものだ」


 二度、三度と打ち合う両者。迫水は変幻自在に己の形を変えて攻撃し、六花はそれをいなす。


貫血泉かんけつせん


 迫水が刀を地面に突き刺し、いたる所から水の刃をくり出す。右彩に致命傷を与えた技だが、六花の肌に触れる前にことごとくが凍りついてゆく。


 舌打ちをして迫水は距離を取る。


「昔とは立場が逆になったな。お前が鬼側で、私が人側とは」


「ああ。なんとも皮肉だな」


 迫水は腕の中に群鮫を沈めた。刀を中心にして、体全体が渦を巻く。いや、渦と言うよりは竜巻と言った方がいい。


「いくら貴様でも、これを受ければひとたまりもあるまい。大海旋黒大牙だいかいせんくろたいが!」


 荒れ狂う海を凝縮したかのような水の塊が、六花へと襲いかかる。


「絶対零度、氷天殺ひょうてんさつ!」


 迎え撃つべく放たれた最大の冷気。


 氷と水がぶつかり合う。その後には氷像になった迫水と六花の姿があった。


「まだ生きてるか? 右彩」


 連戦、それに最大の冷気を放出した後とあって、流石の六花も肩で息をしている。


「う、牡丹さん」


 右彩はまだかろうじて意識を保っていた。


「僕よりも仙兵衛を。息をしていないんです」


「わかっている、よくやってくれたな。二人とも必ず助ける、だからーー」


「残念ながらそうはいかない。まとめてこのまま死んでもらう」


 旋回する水の槍が、背後から六花を貫いた。


「お前、まだ動けて……!」


 六花の視線の先に、体の半分以上が凍ったままの迫水がいた。


「凍らせれば俺を倒せると、本当に思っていたのか? 俺とてあの頃から成長しているんだよ」


 海が凍らない理由の一つは、波や海流同士がぶつかることによって熱を発生させているからである。迫水も同様に自身の体内で激しく波をぶつけ合い、芯まで凍りつくことを防いでいた。


 氷が解け、迫水の体が元の液体へと戻っていく。


「お前は強い。だが俺は自分の技量を磨き上げてきた」


 群鮫の刃が六花を背から切り伏せる。白い肌に血の赤が混じった。


「さらばだ。もう会うことも無いだろう。もし命があったなら、京から離れることだな」


 迫水と輪太郎の姿は、封印を解くべく白虎大社社殿の中へと消えて行った。

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