十八話「なんでそんなことするんです!?」


「ふうん、それが大般若長光か。話には聞いていたが、凄い刀だな」


「だろ?」


 右彩の視線の先には、床板の上に置かれた大般若がある。先の戦いから一日置いて、憑鬼組には封印を守る命が下された。仙兵衛と右彩は白虎大社の警護を任され、早朝からずっと社殿の中に詰めているのだった。


「あー。それにしても、暇だよなぁ」


 空を覆う黒い雲を窓から見上げ、仙兵衛はため息をついた。鬼は全て倒した。白峰魔王の復活を企む者はもういない。朝から五刻も経ったが、何かが起こることも無く、ただのろのろとした遅さで時が過ぎていくだけだった。


 大欠伸をする仙兵衛の目の前に、数冊の冊子本と料紙、筆や墨壺の入った硯箱がでんと置かれた。


「なあに、これ?」


越海えっかい(海を越えた先にある国、所謂外国のこと。越海と言えば、大抵は蛇般の北西に位置する大国【茶委那ちゃいな帝国】のことを指す)の経典の写本と五経書、それに古神記と四季和歌集に蜻蛉物語。それと筆と墨だが?」


「それは見ればわかる。俺が言ってるのは何でお前がこれをここに持ってきてて、今俺の目の前に置いたのかってことなんだが」


「決まってるだろう。お前の手習いだ」


「んなっ」


 さも当然といった右彩に仙兵衛は絶句する。


「最近手を抜いている様に思えるが? 書きはともかく、せめて読みはできるようになってもらわねば困る」


 社殿の隅を指さして、右彩。


「暇なのだろう? そら、文机ならそこにある。まずはこの内の一冊を読んでこの料紙に写生しろ。お薦めは、そうだな。四季和歌集か蜻蛉物語が読みやすい」


「ふざけんなよ! なんでわざわざここ来てそんなことしなきゃいけねんだ!」


「時を有効に使う為だ。何、心配無用。警護なら僕がやるし何かあったらーー」


 右彩の言葉は轟く雷鳴にかき消された。それがただの雷ならばどうということはない。だがその黒い稲光は、まさしく玄武寺で見たものと同じものであった。それが意味することは一つ。封印が解かれた。


 仙兵衛と右彩はすぐさま窓から空を確認する。東の空に、黒い龍が立ち昇っていくのが微かに見えた。


「あの方向は青竜院だ。あそこには見目さんと香凛が居た。まさかあの二人が負けるはずが」


 第二の封印が解かれた影響はすぐに現れた。地面のそこかしこから不気味な青白い炎の柱が噴出し、白い濃霧が東幻京を包む。放たれた白峰魔王の妖力は呵責無く京の街に襲い掛かった。


「一体何が……! 仙兵衛、誰かが近づいて来るぞ」


 足音を聞きつけ、右彩が警戒を促す。白虎大社の境内に立ち込める霧の向こうに、近づいて来る複数の影を確認する。


「行くぞ!」


 大般若を肩に担いだ仙兵衛は、右彩と共に社殿の外へと飛び出した。


「よう」


「元気そうね二人とも」


 そこにいたのは意外な人物。そこにいたのは輪太郎と瞳、そして


「なんだ、脅かさないで下さいよ。副長」


 迫水主水だった。


「どうしたんです? 皆で」


 安堵し三人に歩み寄ろうとする仙兵衛を、右彩が腕で制した。


「お前たちも見ただろう。二つ目の封印が解かれた。だから三つ目の封印を守るために来た。それだけの話だ」


「あまりに早すぎます。封印が解かれたのを見てから動いたなら、ここに来るのに

一、二刻はかかるはず。まるでこうなることがわかっていたみたいだ」


「おい右彩? お前何訳わかんねーこと言ってんだ。副長たちに失礼だぞ」


 右彩に呆れ顔を向ける仙兵衛。それに対して迫水は言った。


「ふ、まあ瞳がここにいる時点で不自然なのは承知していたがな。やはりお前は欺けなかったか、右彩」


 迫水が群鮫の鯉口を切る。


「そこをどけ、お前たち。今から俺たちは、封印を解く」


 遠くの空で、何かが嗤ったような音がした。


「今、なんと?」


 仙兵衛と右彩は己の耳を疑った。


「はは、冗談でしょ? 副長。確かに退屈してたけど、その冗談はちょっと笑えないぜ」


 ひゅん。と音がして、圧縮された水流が仙兵衛の頬を掠めた。


「いや、冗談ではない。今のは本心からの言葉だ」


「理由はなんです!」


 右彩が激昂する。


「白峰魔王の復活」


「だから、何故そんなことを目論むのかと聞いているんだ!」


 怒声と共に右彩は変化した。青く光る毛並みを逆立て、雷を身体に纏う。


「いいだろう、教えてやる。俺たちの目的は生きることだ」


「生きること?」


「そうだ。仙兵衛、お前は聞いたな。戦いの道具として生み出された哀れな人造憑鬼人人形は、今どこで何をしているのかとな」


「副長、まさか」


「そうだ。今お前の目の前にいる、俺たちがその人造憑鬼人だ。当然青竜院の封印を壊した香凛もな」


「そんな……」


 仙兵衛が言葉を失う。右彩は臨戦態勢のまま黙って迫水たちを睨む。


「俺たちは戦う為に生み出され、そして戦った。結果崩世の乱は終わり表向きは天下泰平と言うやつが訪れた」


「ならいいじゃないっすか、もう終わったことだろ」


「ところがそうはいかない。戦いが不要になった世というのは大きすぎる力を恐れるものだ。人の世の為に戦った多くの憑鬼人たちが、排斥令という弾圧の元、東幻京から追い出されていった。だが奴らはいい! 元居た場所や帰るべき所に戻れるんだからな!」


 迫水は足元の石畳を砕いた。今まで一度も感情らしいものを見せなかった男の、初めて目にする怒りの発露。


「だが俺たちはどうだ! 戦う為に生まれ、戦う為に存在する、戦いは俺たちの存在意義そのものだ! それ以外の生き方は知らない!」


「なら別の生き方を見つければいいだろ! いくらでも時間はある!」


 仙兵衛の訴えは、虚空に虚しく響いた。


「時間なんてね。私たちには無いの」


 瞳が口を開いた。


「時間が無いって、どういうことです?」


「寿命よ。私たちはまだ母体の中にいる時に魂を弄られ、寿命を短くされてるのよ。鬼の力を持った飼い犬に反乱でも起こされたら困るでしょう? ご丁寧に増えないように子供も作れないようにされてね」


「俺たちは戦局が不安定な時期に造られた中期型。香凛は終戦間際に造られた末期型だが、お互いあと三年も生きられまい」


 三年も生きられない。その言葉が仙兵衛にのしかかった。


「わかるか。俺たちは人間の都合で生み出され、唯一の存在意義さえも奪われ、他に生きる術も知らず、自らの子孫も残せず、寿命という名の首輪をつけられ未来すらも奪われたのだ!」


 身を裂くような怒りが洪水となって口から溢れ出る。


「それと白峰魔王の復活にどんな関係があるんです! 自分たちの代わりに世の中を壊してもらうつもりですか?」


 右彩の問いに、迫水は笑って答えた。


「いや、そうじゃない。奴は輪廻転生の術を操る鬼だ。肉体が滅んでも何度でも蘇る。だからこそ、封印するという手段しか取れなかった。俺たちはずっと封印を探していた、白峰魔王を解き放つ為に。奴の力があれば、俺たちに付けられたこの忌々しい首輪も外すことができる」


「白峰魔王がその願いを聞き届けるとでも!?」


「封印を解いてやったんだ。安い褒美さ」


「それによぉ、白峰魔王が復活したとなれば、再びこの世は戦火に包まれる。俺たちの存在理由が帰ってくるんだ」


「私は戦いにも寿命にも興味は無い。でも私たちをいいようにしてくれた報い、それだけは受けてもらうわ」


「これでわかっただろう? 俺たちの望みが。白峰魔王を復活させ」


「存在意義を取り戻し」


「人間社会に報復し」


「そして新たな生を得る」


 迫水、輪太郎、瞳が一斉に変化する。味方ならば頼もしい。しかし今、その姿はとても恐ろしく目に映る。


「そんなことの為に、とは言えません。気持ちもわかります。ですが! あなたたちは今まで牡丹さんを騙していたんですか!」


「局長も所詮生まれついての憑鬼人だ。お前たちと同じにな。賛同することは無いとわかっていた。だが」


 迫水は言葉を切り、仙兵衛の方を見る。仙兵衛は真実に動揺し、鬼変化すらしていなかった。


「どうだ、仙兵衛。俺たちと来ないか?」


「な、え?」


「俺にはすぐにわかった。お前も俺たちと同じ仲間だと。お前も周りから恐れられ、疎まれ、追い出され、逃げるように東幻京にやって来たのだろう? 行きついた先で出会った、俺たちは仲間だ」


 仲間。その言葉に仙兵衛の心が揺らぐ。


「お前は局長に言ったそうだな。生きる理由なんてわからないと。お前は戦いの中でこそ光る。生きる理由なら俺がお前にやろう。さあ」


 迫水は手を差し伸べた。この手を取れ。あの目はそう言っている。


「人の世に鬼は生きられない。香凛もお前を待っている。こちら側がお前の居場所だ仙兵衛」


 仲間のいる場所が、自分の居場所。それが自分の生きる意味ーー。


 仙兵衛の右手が、知らず知らずのうちに差し出された手へと伸びる。


「仙兵衛、お前は!」


 怒るとも、失望ともとれる右彩の声。


 仙兵衛の指が迫水の手に触れようとしたその間際、左の掌に鋭い痛みが走った。


 掌には沙代から貰ったお守りが刺さっていた。無意識のうちに握りしめていたのだろう、刺さった箇所からは血が流れていた。


 赤い、赤い、人間の流す血だ。


 仙兵衛の脳裏に焼き付いた、陰惨な記憶が蘇る。逃げ惑う村人、一人食われ、二人殺され村を蹂躙する鬼の百鬼夜行。


 そうだ。もう二度と、あんなことはあってはいけない。この人たちはそれをやろうとしている。


「俺は、俺は人間だ! あんたたちにはついていかない!」


 叫びと共に大般若を振り下ろし、迫水はそれを回避した。


「仙兵衛! 全く君って奴は!」


 満足気な笑みを浮かべる右彩。


「へ、悪かったな! さあこっからはウジウジは無しで行くぜ!」


「やれやれ、懐柔は失敗か。いいだろう、ならば手加減はせん」


 憑鬼組同士の戦いが始まった。


 変化した仙兵衛は大般若で縦一閃に切りかかる。その剛剣たるや、石畳を剣圧と衝撃で何枚も砕く程。


「瞳、輪太郎。お前たちは仙兵衛に集中攻撃をかけろ、奴の硬さは厄介だ。時間をかけるわけにはいかん。右彩の相手は」


 刀を抜き、対峙する右彩と迫水。


「俺がやる」


 先に動いたのは、右彩。


「飛雷針!」


 発射された毛針はことごとく命中し、迫水の体に沈み込んだ。


「食らえ、飛電雷光刃!」


 右彩の刀の切っ先から放たれた半月型の雷が迫水に直撃する。


「この程度であなたが倒せるとは思っていない、飛電雷光刃・連刃れんじん!」


 立て続けに放たれる八つの雷光。迫水の姿は閃光と轟音の中に消えた。体内の電気を大量に消費し、右彩は片膝をつく。


「勝負を急ぎ過ぎたな。右彩」


 無傷。先程と何も変わらぬ姿で迫水は立っていた。


「くっ、雷光刃!」


 ありったけの電気を刀に纏わせ、斬りかかる。迫水は避ける素振りも無く、その刃を受け入れた。袈裟斬りに刃が食い込む。


「飛雷針を撃ち込めば撃ち込むだけ、電撃の威力は増す! 雷光刃、最大電力!」


 刀を介して電流を流し込む。だが迫水にはまるで効いている様子は無い。


「な、何故? ぐっ!」


 右彩の腹部を、群鮫が貫いた。


「右彩!」


 助けに向かおうとする仙兵衛だが、眼前に仁王立つ輪太郎に阻まれる。


「いきなさい! 眼飛徒!」


 輪太郎と格闘する仙兵衛の隙をつき、浮遊する目玉から光弾が四方八方から発射された。


「避けられないってんなら突っ込む!」


 多少の手傷を覚悟で瞳へと突撃する。光弾が当たった箇所が爆ぜて黒く焦げついた。


「ほんっと、硬すぎよ仙兵衛ちゃん。でもごめんね? ちょっとずるい技使うわね。愛捨動!」


 仙兵衛の目を覗き込むように飛んできた二つの眼球から光が放たれ、身体の自由が利かなくなる。


「くそ、何で……!」


 その場に棒立ちになる仙兵衛に輪太郎が迫る。


「悪く思うなよ。おおおお!」


 背から黒煙が吐き出され車輪が廻り、紅蓮の炎が金棒にとぐろを巻く。


「鉄の打棒に炎を乗せて、回れ地獄の大車輪!」


 車輪が石畳を砕いて疾走する。跡には炎の轍が残るのみ。


本打ほんだ! 死火阿或しびああるせん!」

 金棒が直撃。鈍い金属同士のぶつかり合う音が響き、仙兵衛の身体がぐらついた。


「うおおお!」


 生み出された強大な推進力で力任せに押しまくる。踏ん張る仙兵衛。しかし増大する馬力にとうとう押し負け、突き飛ばされる。


 地面を転がり、鳥居の脚にぶつかって停止した。


「ちぃ、クソ重い野郎だ。地平の彼方までぶっ飛ばすつもりだったのによ」


「無事か、仙兵衛!」


 迫水に羽交い絞めされる格好となっていた右彩が叫んだ。


「人の心配をしている余裕があるのか?」


「ら、雷布白苦」


 襟巻から電流を流し込むも、液体の体は淀みなくそれを通し地面へと逃がしてしまう。


「無駄だ。お前の雷は全て俺の体を素通りしていく」


 右彩の纏う雷光は弱まっていき、ついには消えてしまった。


「終わりだな。さらばだ右彩」


 虎のような鋭い爪が右彩の頸動脈を掻っ切ろうとした瞬間、飛んできた大般若が迫水を貫通し、衝撃で水の体は四散した。


「おい、お前が無事かよ?」


 身体の麻痺が回復してきた仙兵衛が、肩で息をする右彩に駆け寄る。


「俺の本打をもろに食らってまだ動けるかよ」


「頑丈よねえ、あの子」


 石畳に突き刺さった大般若を抜いた仙兵衛と右彩が背中合わせに構える。


「すまない、助かった」


「参ったな、流石に三対一はきついどころの話じゃねぇぞ」


「せめて牡丹さんが来るまで耐えるんだ。そうすれば」


「俺たちに勝てるか?」


 飛び散っていた液体が集まり、迫水の体が形成される。


「瞳、お前は封印を破壊しに行け。ここは俺と輪太郎で十分だ」


「りょ~かい」


 瞳が社殿へと駆け出す。


「させるか!」


 阻止しようと地面を蹴る右彩だが、目の前には追水が立ちはだかる。


「力を使い過ぎたようだな。まともな雷はもう出せまい」


「確かにそうだ。だが力が足りないのなら呼べばいい!」


 黒い雲の間から、耳を劈く雷鳴と激しい稲光が発生し、天に向かってかざした右彩の腕に落雷した。光と熱の槍を全身に受け、取り込む。再び蒼い燐光が爆ぜ、輝きが身体を包み込んだ。


「これが、僕の切り札だ!」


 体中の電光が両手に集中し形成される、蒼く輝く雷の剣。それを上段に構え、右彩は跳躍した。


大獣刃だいじゅうじん超電刹雷咬斬ちょうでんせつらいこうぎり!」

 雷、自然界における最大の熱量。それを刃状に凝縮して斬りかかる、大地を揺るがす壮絶なる一撃。さらに、地面に散らばっていた飛雷針が電撃に導かれ、吸い込まれるように迫水目掛けて飛んでいく。その様はまさに、獲物を咬み砕かんとする雷の顎だった。


「迫水隊長!」


 咄嗟に足を止めた瞳が叫ぶ。その声は視線の先にある閃光と轟音にかき消された。地の震えが静まり爆炎が晴れた時、そこにあったのは右彩の姿だけであった。


 光の剣が砕け散るように大気中に消えてゆく。その光景を見た仙兵衛が愕然とする。


「す、凄ぇ。これ使われてたら負けてたな、俺」


「呆けるな仙兵衛! あとの二人を早く!」


 途切れる言葉。高圧縮された水の刃が地面から吹き出て、右彩の胸を貫いた。


「そ、そんな……」


 呻きを喉の奥から絞り出し、その場に崩れ落ちる右彩。胸から流れ出した血が周りを赤く染めた。


「なかなかに面白い技だったぞ。だが、それを馬鹿正直に受けるか躱すかは俺が決める」


 境内に穿たれた穴から、ずるりと水虎の憑鬼人が現れた。


「止めといこう、右彩」


 群鮫が逆巻く水流を纏った。産女との戦いの時とは違い、腕全体が渦と化す。


「穿水貫」


 一直線に放たれた水槍が右彩の頭蓋を穿とうと伸びる。


「させねぇ!」


 間に割って入った仙兵衛は、自らを盾にする。正真正銘の殺意を乗せた手加減無しの攻撃は、鋼の肉をも抉り、削る。


 腹をおろし金で思い切り削られたような痛みに呻く。変化した状態で初めてついた傷から、じんわりと血が滲んだ。


「呆れるな。お前のその強靭さ」


「そいつはどうも。でもこの程度の傷、すぐ塞がっちまうぜ。俺を殺したきゃ、あと千回は叩き込むんだな」


 手傷を負ったとはいえ、皮膚が多少削られただけ。決定打にはなりえない。


「ふ、お前の方こそ、攻撃の通じない俺にどう勝つつもりだ?」


「それは戦いながら考える!」


 突撃し、距離を詰める。しかし殴打も蹴りも、大般若の斬撃さえも液体の体を素通りしていった。


「仙兵衛、お前は一つ勘違いしている。水の刃などは単なる応用にすぎん。俺の力の真髄はそれが水そのものだということだ」


「小難しい言い回しされてもわかんねぇなぁ!」


「ならば実感してもらおう。牢水ろうすい


 迫水はまるで取り込むように、仙兵衛を自らの体内へと沈めた。


「どうだ? 俺を着込んだ気分は。ひんやりして天にも昇る心持ちだろう?」


 呼吸を絶たれた仙兵衛は力の限り暴れるも、その拳は虚しく水を書くだけだった。


「お前の体が鋼だろうが金だろうが関係無い、お前の息の根を止める手ならいくらでもある。おい何とか言ったらどうだ。無視しないでくれよ」


 仙兵衛の肺に水が浸入する。頭の奥と手足が痺れ、視界は徐々に白く濁っていった。意識が薄れていくにつれ、変化が解けていく。そしてついに、闇の中へと落ちる。


 水の檻から解放された体が倒れ込んだ。


「仙……兵衛」


 意識を朦朧とさせながら右彩が呼びかけるも、仙兵衛はぴくりとも動かない。


「終わったな。待たせて悪かったな。次こそお別れだ」


 群鮫の切っ先が右彩の首へと迫ったその時、凍てついた風が辺りの空気の熱を奪った。


「説明してもらおうか。部下同士が殺し合ってる理由をな」


 冷ややかな声。そこには憑鬼組局長、六花牡丹が立っていた。

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