第十四話「襲撃」
聞き覚えのあるこの声。仙兵衛は闇の向こうに声の主を見つけようと目を凝らした。突然、突き破られる社殿の天井。
嗚呼、嗚呼。という嘆きとも、鳥の声ともとれる音と共に舞い降りたのは、鳥の翼を持った血濡れの妖婦、産女。
「坊や、私の坊やはどこ……」
うわごとのように繰り返す目は虚ろで、とても正気を保っているとは思えない。
「副長、こいつは」
「
迫水は鞘から刃を走らせ抜刀する。
「死した際、自分の子供に対する未練のある魂が変じた鬼だと聞く。他所の子供を攫うとも、子供の形をした鬼に人を襲わせるとも」
「後者は経験積みですとも」
仙兵衛が両の掌で頬をぴしゃりと叩いた。
「嗚呼、嗚呼。そこのお侍さんたち、どうか私の坊やを抱いて下さいませんか。どうか私の坊やを」
産女の嘆きに応えるかのように、影から不気味な赤子の群れがわらわらと這い出してくる。
「育ててちょうだいよぉぉぉお!」
血濡れた鬼は、踊るように狂乱した。
同刻 東街 青竜院 松月園
「おう、待たせたな瞳ぃ」
東幻京三名園の一つ、松月園の月の階を無遠慮に歩いてきた回火輪太郎は、池の水面に映る月を見ていた瞳に歩み寄った。
馬射駆は園の外に駐輪した。事が終わった後で、庭に轍が残っていては何を言われるか知ったもんじゃない。
「ちゃんと送ってきた?」
振り向きもせずに瞳が言う。
「当たりめぇよ。超特急で送り届けてきたっつうの」
「そう。でも休む暇は無いみたいよ」
それを聞いた回火の眼光が鋭くなる。
「おう、もう来やがったか」と言って愛用の金棒を肩に担ぐ。
月に目をやったまま、瞳は動かない。動く必要は無いのだ。
「屋根にいるのはわかってるのよ。出てきなさいな」
瓦屋根に設えられた厄除けの装飾、その上に黒い影が飛び乗った。
「キキキ、勘のいい女だ。気がつく前に、そのそっ首落としてやろうと思ってたのによ」
鋭い鎌に獣姿の鬼、鎌鼬は二人を見下ろして笑った。
「あら、それは無理よ。だって入ってくるの見えてたもの。だから、後ろに隠れてるあなたたちも出てきたらどうかしら」
鎌鼬の笑いが止まった。その両脇に、毛並みの違う鎌鼬が立つ。そう、鎌鼬とは三匹で一つの鬼だったのだ。
「兄ぃ、気に食わねぇ女だ。あいつから殺そう」
朱い目の鎌鼬が言った。
「そう殺そう。そして食おう。人の女の肉は美味いよ」
黄の目の鎌鼬も続く。
「まあ待て弟たちよ。女は最後だ。これから死ぬんだって恐怖を味あわせてからの方が楽しい」
緑の目の鎌鼬は邪悪な笑みを張り付けた。
「おうおうおう、さっきから聞いてりゃあ好き勝手言いやがる! この漢、回火輪太郎を前座扱いたぁいい度胸だ! だがな俺を舐めたら火傷程度じゃあ済まさねぇぜ」
金棒を突きつけ、回火が見得を切る。
「なんだ、あの古臭いんだか時勢を先取ったんだかわからない恰好の男は」
まあだが、と緑目の鎌鼬。
「先に死にたいとご所望だ、行くぞ兄弟。奴を挽き肉の塊にしてやれ!」
「夜露死苦ぅ!」
迎え撃つ回火に、三つの影が飛び掛かった。
同刻 南殿 朱雀殿 正面門前
「随分と久しぶりじゃないか尖狭坊、元気にしてたかい?」
煙管の煙を、六花はふうと吐き出した。
「ふん、下賤の女め。この状況でよくも虚勢が張れる」
カカカと烏天狗は嘲笑う。これを迎え撃つは六花、香凛と、手負いの上に乗り物酔いを患っている右彩のたった三人。万が一にと配備された衛兵は、尖狭坊の妖しの術にて傀儡と成り下がっていた。
「見よ、これぞ我が必勝の陣。骸恨石兵である」
三人をぐるりと囲む傀儡の兵団は衛兵だけではなく、この数日で殺されたと見える町人、それにいつ死んだのかもわからない死体で構成されている。
「なるほど、なんでわざわざ街を襲ってんのかと想ったら、人を食って力つけて、おまけに手駒も増やそうって腹だったわけかい」
死なない鬼の先兵が、じりじりと包囲を狭める。
「牡丹さん、僕が奴らを攪乱して痛い!」
右彩の顔面に六花の手刀がめり込んだ。
「名前は止めな、私がやるよ。香凛、右彩あんたたちは自分の身を守ることだけ考えな」
ああ、そうだ。と六花。
「香凛、余裕があったら衛兵たちを糸でふんじばっておくれ。死体はもう手遅れだが、衛兵たちは操られてるだけ。術者を倒しゃあ正気に戻るだろうさ」
香凛ははいと頷く。
「私も舐められたものだ。白峰魔王の御大将復活の宿願、必ずや果たしてみせる。貴様らはそこで、人形遊びにでも興じて居るが良いわ!」
かかれ、と尖狭坊が合図をすると、死者の波が一斉に六花たちへと押し寄せた。
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