第六話「その名は憑鬼組」

 暗い湖底から水面へと泡が昇っていくように、仙兵衛の意識も闇の中から浮かび上がった。


 朝日が差し込むのがわかり、雀のさえずりも聞こえてくる。自分が眠っていたと気づくと眠気も途端に引いていく。仙兵衛はゆっくりと瞼を開いた。


「あら、お目覚めかしら?」


 仙兵衛の目に飛び込んで来たのは、覆いかぶさるようにして覗き込んでいた女の顔だった。


「うおおお!誰だー!」


 布団を跳ね飛ばし、全力で後ずさる仙兵衛。


「その反応、失礼しちゃう。一晩中看といてあげたのに」


 女は口を尖らせながら仙兵衛の寝ていた布団をたたむ。波打つようなくせ毛と細長い指が綺麗な、妖艶という言葉がよく似合う女性だ。


「こ、ここは?」


 ここで仙兵衛は初めて自分が見知らぬ部屋に寝かされていたことに気が付いた。箪笥も文机も何も無い六畳一間の小ざっぱりとした空間だ。


「ここは憑鬼組の隊舎よ。あなたは昨日の夜ここに運ばれてきたってわけ」


 畳んだ布団を押し入れにしまいながら、女が答える。


「隊舎? その憑鬼組って確か」


 仙兵衛の言葉を遮って襖が開く。そこには桃色桃眼の少女がいた。


「あ、お前は昨日の」


「香凛よ。八雲やくも香凛。目が覚めてすぐにあんな大声出せるなら、体は大丈夫そうね」


「そうだ俺、突然体が痺れて……」


「香凛ちゃんに感謝しなさいね。止めを刺そうとした右彩ちゃんを止めてここまで運んできてくれたの、この子なんだから」


「えっ、そうなのか。ありがとう」


「別にいいわ。お礼なんて」


 少しの熱も感じさせない語調で香凛は言う。淡々とした調子がなんとも味味気無いと仙兵衛は思った。しかし今はそれよりも気になることが一つ。


「そういうことか! あの右彩とかいう奴! 負けたくせに攻撃するとか卑怯だぞ!」


 突然背中に走った鋭い痛みと失った意識、合点がいった仙兵衛は叫んだ。


「あら、なにその話? 右彩ちゃん負けたなんて一言も言ってなかったけど」


「ごめんなさい、右彩から口止めされてるから、聞かれても答えられないわ」


「っていうか、なんで俺ここに運ばれたんだ? あと憑鬼組ってのは一体何なんだよ?」


「それには局長が答えてくれるわ。ついて着て」


 そう言うと、香凛はすたすたと廊下に消えて行った。どうしたものかと逡巡している仙兵衛に、くせ毛の美女がもたれかかるようにして話しかける。近い、女の唇から仙兵衛の耳までの距離が非常に近い。


「もしくはぁ、あたしが教えてあげてもいいわよ? もちろんあなたがまだ知らないような色んなこ・と・も」


 扇情的な吐息が耳に触れ、白い指先が仙兵衛の腕を這う。肩から二の腕をなぞり、手の甲へ。そしてーー


「きょ、局長! その局長って人に聞いてきまーす!」


 たまらずその場から逃げ出す仙兵衛。その顔は変化をしているわけでもないのに赤い。


「いけずぅ」


 その後ろ姿を見て、からかうように女が笑った。

 廊下を行く香凛に走って追いついた仙兵衛だが、そこで大変なあることに気がつく。


「無い! あれが無い!」


 さよから貰ったお守りが、首から下がっていない。


「どうしたの?」


 突然バタバタと直垂の袖や裏地をひっくり返しだした同行者に、香凛が訝しんだ目を向ける。


「どうしたの、お金でも落とした?」


「いや、金は元から無ぇからいいんだけど、大切な物が無くなっちまったんだ!」


「大切な物?」


「お守り。ちょうどお前の目と同じ色の尖ったやつ」


「ああ、それってもしかしてこれ?」


 香凛は懐から桃色の水晶を取り出した。


「そうそれ!」


「あなたの近くに落ちてたから、もしかしてと思って」


「ありがとう。絶対無くしたくない物なんだ」


「戦いで紐が切れちゃったのね、私が結んであげる」


 香凛が仙兵衛の首の後ろに手を回し、いつの間にか結んでいた糸を束ねて捩じり紐にする。そのまま胸元で穴に紐を通して元通り。


「はい。私の糸は丈夫だから、もう切れることはないと思うわ」


 素っ気なく言って香凛は再び歩き出し、仙兵衛もそれに続く。少しして屋敷の中心に位置する部屋の前まで来ると、二人は足を止めた。


「局長、香凛です。彼を連れて来ました」


 入れ。という声が中から聞こえ、香凛が襖を開ける。


 その先には一人の男性が座っていた。歳の頃は二十の後半といった所で、猛禽を思わせるような鋭い眼光と、分け目をつけずに後ろに撫で上げた総髪が相まって厳粛な雰囲気を醸し出している。百戦錬磨、そんな言葉がぴたりと合う人物だった。


「では、俺はこれで。失礼します」


 男性は仙兵衛を一瞥すると立ち上がり、一礼して部屋から出て行った。


「あれ、今の人が局長さんじゃないのか?」


「そう見えたか? まあ、あいつは威厳があるからな」


 仙兵衛の疑問に答える声の主は女性だった。


「よく来た。お前のことは香凛たちから聞いてるよ仙兵衛。まあ座れ」


 促されるまま仙兵衛は座り、この部屋の主と思しき人物の姿を見た。長い垂髪と着ている舶来品の衣服は黒く、それとは対照的に肌は白い、美しい顔立ちの女性だ。


「東幻京守護職、弾正台だんじょうだい有原平業ありわらのひらなり大将だいしょう預所あずかりどころ鬼種討滅隊憑鬼組局長の六花むつはなだ」


 舌を噛みそうな口上を述べた六花と名乗る女性は、燻らせていた煙管を手元に置く。


「昨日はうちの右彩が迷惑かけたな。あの後の現場検めと野次馬の証言から、お前の言っていたことの裏はとれた。お前への疑いはこれで晴れたことになる」


「帰りにあいつもう一回殴っていい?」


 仙兵衛の言葉に六花はふふ。と笑った。


「勘弁してやってくれ。あいつも頭にこぶを作っていた。それにどの道お前を帰すわけにはいかなくてな」


「帰すわけにはいかないって?」


「鬼種排斥令だ。東幻京に鬼や憑鬼人が立ち入ることは許されていない。許されているのは、京から出て行くか一生を牢獄で過ごすか、それとも殺されるかのいずれかだ」


「そういや右彩あいつも昨日そんなこと言ってたっけ。ってか俺、そもそもその憑鬼人ってのが何だかわかんないんだけど」


 うむ。と六花は頷く。


「鬼は当然知っているな?」


「もちろん」


 鬼。それは人知及ばぬ性質や生態を持つ人外の化生、その総称である。その種類は憎悪や怨嗟の念などによって魂が変貌したものから、長く生きた獣が変じたもの、果ては器物に魂が宿ったものまでと多岐にわたる。古来より鬼は人間の傍らに潜み、畏れられてきた。


「人の身でありながら鬼の姿や力を持つ者。人でも鬼でもなく、その間にいる者を憑鬼人とそう呼ぶんだ。お前や私のような奴をな」


「え、じゃああんたも?」


「でなきゃ、こんな所に押し込められてやしないさ。ただの美人だと思ったか?」


 自分で言うかな~。仙兵衛は心の中で呟いた。


「白峰魔王が倒れ崩世の乱が終わった後、東幻京は人の都へと生まれ変わった。以降、鬼や憑鬼人といった存在は京から排除されるようになってなそれがさっき言った鬼種排斥令というわけさ」


「でも、それならあんたたちはどうなんだ? 憑鬼人なんだろ?」


「東幻京が都として繁栄していくにつれて、人も物資も流入は激しくなる一方だ。それは当然のことなんだが、一つどうしようもないことがあった」


 それは憑鬼人だ。と煙管から吸った煙を吐き出して六花は言った。


「人前で変化でもしない限り、憑鬼人は普通の人間と見分けがつかない。実際、多くの憑鬼人が人間として暮らしている。お前もそうだろう」


「確かに村の人にも気づかれなかった」


「今の東幻京にも大勢の憑鬼人が入り込んでいる。大人しく暮らそうとしている者もいるんだろうが、その大半は故郷くにを負われた荒くれ者や無法者だ。中には人を食うために京へと上る輩までいる始末。だが倒そうにも人の手には余る連中だ。そこで必要になったのが憑鬼組わたしらだ」


 六花は壁に掛けられている旗を見やった。羽織と同じ夜空を映したかのような紺色の布地の真ん中に、白い三日月の刺繍があしらわれている。


「全員が憑鬼人で構成された集団だ。隊士は特例として京への常駐が許されている。私たちが京から追い出されないのはそういうわけだ。と、まあ一通りの説明が終わったところで本題なんだが」


「俺に出てくか捕まるか選べってことか、わかったよ」

 仙兵衛の諦観と共に吐き出されたため息は、六花の本来ならばな。という声に遮られた。


「どうだ仙兵衛、お前憑鬼組に入る気はないか?」

 薄く微笑む六花の言葉に仙兵衛はえ、と間の抜けた声を上げるが、驚いたのは香凛も同様だったようで目を丸くしている。


「局長、いいのですか? 弾正台うえに通さず決めて」


「政治屋連中のことなぞほっとけ。許しなら得るさ、事後承諾だがな」


 仙兵衛は二人の会話に割って入る。


「ちょっと待った、なんで俺が?」


「うちは常に手が足りてなくてな。なんせ相手は喧嘩自慢のごろつきばかりだ。腕の立つ奴は一人でも多く欲しい。お前は右彩とも渡り合ったんだろう?」


「俺が勝ったし」


「そこだけは譲らないのね」


「悪い話じゃないぞ。憑鬼組は京職(京から認められた役人)だ。堂々と暮らすことができる」


 私の男を見る目は確かだ。と六花は付け足した。


「どうだ、仙兵衛?」


 しばし腕組みをして考え込んでいた仙兵衛は、ふうと息をついた。


「折角誘ってもらって悪いんだけど、俺は入れないよ」


 ほう、どうしてだ? と六花。その表情からは感情は見えない。


「俺が戦うと」


 犠牲が出る。そう言おうとした仙兵衛の脳裏に、鬼の群れに蹂躙された村人の姿が浮かぶ。復讐さえしなければ、今も生きていた人たち。その光景は瞼の裏にこびりつき、仙兵衛の言葉をかき消していく。


「どうした? 流石の私でも心の声は聞こえんぞ。人の誘いを断るときは、言葉を尽くすものだ」


「俺が戦うと、死ななくてもいい人たちが死ぬから」


 その言葉は正しいと思ったから、仙兵衛は六花に話すことにした。姉が鬼に捧げられたこと、その鬼を殺したこと、村が報復されたこと、生まれ育った場所から逃げてきたこと。生きる理由なんてとっくに無くなってしまったことーー


 何度もつっかえながら、それでも少年は己の罪と過ちを包み隠さず告白した。

 ひとしきり話し終えると、目頭が熱くなっていることに気づき慌てて目を伏せた。いったいどうして、男が女の前で涙など見せられようか。


 六花は最後まで話を聞くと立ち上がり、仙兵衛の目の前へとやってきて言った。


「それは違う」


 ぴしゃりと言い放つその声色には、有無を言わさぬ迫力が宿っていた。


「お前が戦わなければ、もっと大勢が死んでいた。贄としてもっともっと多くの人間が喰われ続けていただろう。動機は私怨だろうが、結果を見ればお前は何十人何百人もの人を救っているんだ。誇って良い」


「でも、俺のせいで皆が!」


 仙兵衛は六花の顔を見上げた。いいから聞け、とその黒い瞳は語っている。


「お前のせいじゃない、とは言わない。お前の落ち度は大蝦蟇を殺した時、その手下も根絶やしにしなかったことだ。不手際、見通しの甘さは大いに反省しろ、そして次に活かせ。お前の行いで死んだ人間が報われるとしたら、それ以外にない。そして死んだ人間より多くの命を救って見せろ。それがお前の贖罪だ」


 言の葉の一つ一つが胸を打つ。例え仙兵衛ほどの単純な性根の持ち主でなくとも、この女傑の言葉は心に響いただろう。


 選べ仙兵衛。とつわものたちの長は言った。


「お前の目の前には二つの生き方がある。一つはこのままここを去り、誰もいない土地で死んだように生きるか。もう一つは自らの力の限りを尽くし、戦いの中で死ぬかだ」


 六花がずい、と片膝を立てて身を乗り出した。腰布から露出した白い腿が艶めかしい。細い指が仙兵衛の顎をくいと上げ、その眼を覗き込むように顔を近づけた。


「お前に生きる理由とやらを作ってやることはできんが、死に場所なら私が作ってやる」


 さあどうする。その問いに、仙兵衛は心のままに答えた。


「よろしくお願いします」


 ただそれだけ言って、頭を下げる。


 六花はうむ。とだけ言って立ち上がり、満足そうな笑みを浮かべている。


「誘った方から聞くのもなんだが、憑鬼組に入ったが最後足抜けは許されない。戦って死ぬか、法度に背いて切腹か。その二つしかない。それでもいいんだな?」


「一度決めたことだ」


 仙兵衛は六花の目を見て答えた。まっすぐな良い眼をしている、純粋で澄んだ眼だ。六花はそう胸中で呟いた。


「では仙兵衛。略式だが、お前の入隊を認める。香凛もいいな?」


 返事の代わりに香凛は無言で頷いた。


「当面の世話はお前が焼いてやれ」


「わかりました」


「よし、では行っていいぞ」


 失礼します。と香凛は退室し、仙兵衛もそれに続こうと立ち上がり敷居を跨いだ。

 あ、そう言えば。と六花が思い出したように言った。そして衝撃の事実が仙兵衛に告げられる。


「お前らが昨日壊した屋敷の修繕費、うちが出すことになったからお前ら三ヶ月タダ働きな」


 顔こそ美麗な笑顔のままだが、六花の言葉は決して抗えぬ威厳を湛えている。


「は、はい」


 襖に遮られるまで、その笑顔は仙兵衛の顔を捉えたままだった。


 局長室を出た後、香凛の案内で仙兵衛は憑鬼組隊舎を見て回った。隊舎は貴族の屋敷によくある寝殿造ではなく、武家屋敷に用いられる書院造で建てられている。


 別棟と中庭を繋ぐ渡り廊下にさしかかった時、欄干にもたれかかっていた人物が話しかけてくる。


「ふん、あれほど電撃を受けていながら、存外元気そうだな。まったく呆れた頑丈さだ」


 良く言えば怜悧な顔、悪く言えばしたり顔で語る右彩の頭を仙兵衛が殴りつけた。


「何をする!」


 殴られた箇所を抑えながら、右彩。


「うるせー! そっちの勘違いで襲ってきといて詫びも無しか! しかも昨日勝ったのは俺じゃねぇか、勝手に勝ったことにしてんじゃねぇぞこの野郎!」


「うるさい! 僕は喧伝などしていない、勝敗については何もいっていないだけだ!」


「け、けん? とにかく同じことだろーが!」


 顔を合わせるなり、野良犬同士の縄張り争いもかくやといった言い合いを繰り広げる二人に、香凛は無表情のまま呆れる。


「まったく、折角昨日のことは水に流そうとこちらから歩み寄ってやったというのに」


「お前それ本気で言ってんのか? どこまで上から目線なんだよ」


「第一、僕は負けてない」


「負けたじゃねぇか」


「先に気を失ったのは君だ。つまり負けたのは君の方だ」


「なんだと? ならここでもう一度戦ろうじゃねぇか。頭にできたこぶが痛むのを言い訳に使っていいからよ」


 これを聞いた右彩はこめかみに青筋を立てながら言い返す。


「そうだな、やめておこうか? 柱や灯籠が無いと君は僕に手も足も出ないからな」


 仙兵衛の頭から、何かが切れたような音がした。


「上等だ、表に出ろ!」


「言われなくてもここは表だ。君の方こそさっさと庭に出ろ」


 憑鬼組隊舎の庭は、貴族屋敷のような観賞用の庭園とは違い、鍛錬の為に広く平坦に造られている。仙兵衛と右彩は揃って中庭へと進み、香凛は欄干に頬杖をついてその様子を見ている。


「いいのかよ。今度こそ負けたら言い逃れできないぜ?」


「そっくりそのまま返そう。今度こそ君は力の差を思い知るだろうさ!」


 両者がぶつかり合おうとしたその瞬間、二人の目の前の地面が爆音と共に砕け、土煙が舞った。


「おうおう喧嘩か、いいねぇ俺も混ぜろよ!」


 二人の間に割って入ったのは、背の高い強面の偉丈夫だった。髪を馬油か猪油で後頭部からぴったりと側頭部へと撫で上げ、そして前髪を前方に突き出た一本の角のように固めて高くしている。


 異様なのは髪型だけではない、その男の羽織は右彩たちの物とは違って裾が脛の辺りまであり、その背には金の刺繍で髑髏と愛羅武勇の字が施されている。羽織の下の上半身は裸で、腹にさらしのみが巻かれていた。


「威勢がいいじゃねぇか餓鬼ども、こんな朝っぱらからよお」


 男は好戦的な笑みを浮かべ、細身の金棒を構えて言った。


回火めぐりびさん、邪魔をしないでいただきたい!」


 右彩が回火と呼んだ男に抗議する。


「おう右彩。お前が喧嘩たぁ、なかなか根性入った真似すんじゃねぇか」


 回火は呵々大笑して右彩の背中をバンバン叩いた。


「で、こっちの餓鬼は何だ?」


「仙兵衛よ。今日から憑鬼組うちに入ることになったから」


 中庭へと歩いてきた香凛が言った。その言葉への右彩と回火の反応は対照的だ。


「おう新入りか! 俺は回火 輪太郎りんたろうってんだ。すぐおっぬんじゃねぇぞ」


「ば、馬鹿な、こんな奴を……何を考えてるんだ牡丹ぼたんさんは!」


 二人を尻目に仙兵衛は香凛に訊ねる。


「牡丹さんって? あと、新人ってそんな早く死ぬのか?」


「局長の下の名前。あ大抵新人は二、三ヶ月で死ぬわ」


「あら~、仙兵衛ちゃんなら大丈夫よ」


 その声と共に現れたのは、目覚めた時に会った美女だ。


ひとみさんまで何しに来たんですか?」


「仙兵衛ちゃんがうちに入ったって聞いてぇ、改めて挨拶に。見目けんもく瞳よ。よろしくね」


「仙兵衛です! よろしくお願いします、皆さん!」


 はつらつと挨拶し、ぺこりと頭を下げる仙兵衛。


「は~い。あたしは瞳さんでいいわよ、仙兵衛ちゃん」


「おう! 気合の入ったいい返事だ!」


「貴様、何故僕とは対応が違う。僕も先達だぞ。敬うんだ」


「敬う相手ぐらい自分で決めるわ」


「なんだと貴様」


「仙兵衛。さっき局長の所で会った人を覚えてる?」


 再び気色ばむ右彩を尻目に香凛が聞いた。


「ああ。あの人が副長の迫水さこみず 主水もんど。これで憑鬼組全員よ」


「え、たったそれだけか?」


 意外な事実に仙兵衛は困惑する。いくら優れた兵たちとはいえ、この巨大な都をたった鬼の手からたった六人で守っているとは夢にも思わなかった。


「人手不足とは言ってたけど、まさかここまでとは」


「さて右彩ちゃん、午前の警邏に行きましょうか」


 ぱちんと瞳が手を鳴らす。


「そうですね。こんなや奴にかかずらっている暇はありませんしね」


「お前が売ってきたんだろ、喧嘩を」


「じゃあ俺は昼飯までひとっ走りしてくるかな。来い仙兵衛、俺が速さの向こう側を見してやる」


 回火は仙兵衛の襟を掴んで引っ張っていく。その時、いくつものけたたましい鐘を打つ音が空に響いた。


「半鐘の音。鬼か憑鬼人が出たか!」


「僕が行く!」


 言うが早いか、右彩が電光と共に飛び出していく。


「あたしも行くわ、あなたも来る?」


 瞳は仙兵衛を見て行った。その目はやれるのか? と仙兵衛に問いかけていた。


「ああ、俺も連れてってくれ!」


「じゃあついて来て、仙兵衛ちゃん!」


「私も行くわ。面倒を見ろって局長に頼まれたし」


 駆け出す瞳の後を仙兵衛と香凛が追う。


 入隊早々の仕事に、仙兵衛の心はどこか弾んでいた。爪弾きにされた自分にも居場所が見つかるかもしれない。


 走りながら笑みを浮かべて、仙兵衛は思った。

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