第五話「雷光の牙」
「次はお前だ。どうする、お仲間のようになりたいか?」
敵意を乗せた切っ先が、仙兵衛の首へと向けられる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! ってゆうか仲間じゃねぇし、急に出てきてお前ら一体何者なんだ! その人はどうなったんだ?」
「この羽織を見てもわからないとは、最近京に出てきた田舎者か。この者なら抵抗したから殺した。返答次第ではお前もそうなる」
少年が仙兵衛との距離を詰める。
「お前たちは人間を二人殺した。言い逃れはできんぞ」
「俺は殺してない、助けようとしたんだ!」
「信じると思うか? それが本当だとしても、この東幻京には鬼は勿論のこと憑鬼人も入ることは許されていない。大人しく縄につくんだな」
高圧的な物言いに、仙兵衛はいら立ちを覚えた。
「嫌だね! 何もしてねぇのに、捕まえられる筋合いなんかねーよ! それになんだお前、俺と大して歳も違わなさそうなのにその偉そうな態度!」
「それを決めるのはお前じゃない。それに、出自も身分もわからないお前よりは偉い」
「仙兵衛だ!」
「はあ?」
「お前じゃねぇ、俺の名前は仙兵衛だ! お前の名前は!」
「何故僕が名乗らなければならない? もういい、お前の声は耳障りだ」
一瞬にして仙兵衛の背後に回り込んだ少年は、刀を横薙ぎに払った。
「加減はしてやる。寝ていろ」
峰打ちが仙兵衛の首筋に直撃する。朱い肌は峰を弾き、金属同士のぶつかり合う音が周囲にこだまする。
想定外の事に少年は束の間動きを止め、後方に跳んで仙兵衛との距離を空けた。
「何故だ? 何故今の隙に僕を攻撃しなかった、余裕のつもりか?」
切れ長の目の奥にある鋭い眼光が仙兵衛を睨む。
「だってお前の名前まだ聞いてないだろ。名前も知らない奴と喧嘩する気なんかねぇよ、俺」
「喧嘩だと? 真剣を向けている僕に対して、喧嘩?」
「ふっふふふ」
呆気にとられる少年と、何がおかしいのか笑みをこぼす少女。
「いいだろう。それほど知りたければ名乗ってやる」
少年を包む雰囲気が険しくなる。
「憑鬼組隊士、
青白い稲妻が少年の体に流れ、何かが爆ぜるようなパチパチという音。
「
右彩と名乗った少年の髪が逆立ち、稲妻と同じ色を帯びた。全身の毛は獣のように生えそろい、小ぶりな耳と尻尾が現れる。
「名も名乗った。鬼変化も見せた。これで気は済んだだろう」
電光石火。人とも獣ともつかない姿になった右彩は瞬時に仙兵衛の懐に入り込み、その胸に白刃を突き立てた。ギィン、という金属音。
「そんなもん効かねぇって、まだわかんねぇのか?」
仙兵衛の挑発ににやりと笑って右彩。
「狙いは斬撃じゃあないと、まだわからないか? 雷光刃!」
発生した電撃が刀を伝って仙兵衛へと流れ、先ほど見せたものより遥かに激しい火花が散る。これをうけた相手は電熱で焼き尽くされ、絶命してしまう技である。
その相手が並大抵な者ならば。
「痛ってぇ! しかもビリッとする!」
「なっ!?」
刀はおろか電撃ですら大した手傷を負わせられないという事実。その衝撃は右彩から次の行動選択の余地を奪った。
「このビリビリ来るのは刀から伝わってくんのか? ならこうしてやる!」
火花散る刃の切っ先を掴み、もう片方の手から繰り出された手刀が右彩の刀を叩き折る。
「次はこっちの番だぜ!」
鉄の拳が右彩の顔面目掛けて繰り出されるもあっさりと躱される。仙兵衛は手首を返し右彩の襟巻を掴んだ。
「捕まえたぜ」
「馬鹿め、捕まえたのはこちらだということが何故わからん。
腕に巻き付いた襟巻から蒼い電流が迸る。
「だから、痛ぇって言ってんだろうが!」
仙兵衛は力任せに右彩を振り回し、地面に二度三度と叩きつける。右彩はその膂力の奔流から逃れるため襟巻を切断。慣性が働き、勢いそのままにそこにあった屋敷へと突っ込んだ。
突き破られる壁、折れる柱、崩れる屋根。上がる悲鳴に土煙。
「ぐっ、奴め。なんて怪力だ」
もうもうと立ち込める土煙の中で右彩がよろめきながら立ち上がる。
「手伝う?」と桃色髪の少女。
「いやいい、手を出すな。こいつは僕がやる」
「なにムキになってんだか」
「あの音に手応え、奴の肌は鋼と同じか」
「おい、なにぶつぶつ言ってんのか知らねぇけどよ、もう降参した方がいいんじゃあねぇのか」
「ふ、笑わせるな。刀が無くても戦う方法ならいくらでもある」
電が奔り、右彩の腕の体毛一本一本が針のようにピンと立つ。
「
狙いをつけるように構えられた腕から、針となった体毛が次々と発射される。
「効くかよこんなもんが!」
いくら針のように尖ろうとも体毛は体毛。鉄の体には通用せず、ほとんどが弾かれて足元に散らばった。
「思慮が浅い。その技は出すこと自体に意味がある。受けろ、
右彩の掌から雷が放出された。それは地面に刺さった毛から毛へと飛び移るように伝わり、仙兵衛へと向かってくる。
「くそっ!」
仙兵衛は悪態をつき回避を試みる。
「逃げても無駄だ。お前の着物に刺さった針が雷撃を呼び込む!」
言葉通り、青白い稲妻が仙兵衛を追尾し、落雷する。
「うあああっ!」
激痛。それと熱。湯気のような煙が立ち、物の焦げる臭いが鼻をつく。
「耐性が有るといっても、全く効かないわけでもあるまい。さあ詰みだ」
片膝をついた朱い鉄鬼へと、再び放たれる毛針。
「これで終わり」
傍観に徹していた少女も、これで勝負あったと独りごちた。
しかし
「まだだぁ!」
仙兵衛は傍らにあった石灯籠を持ち上げると、それを盾代わりにして右彩へと突進する。毛針は標的へと届かずに次々と弾かれていく。
「おかえしだ、こいつでもくらえ!」
抱えた石灯籠を振りかぶる。
「そんな鈍重な攻撃に、僕があたると思っているのか!」
「思慮が浅ぇな! こうするんだよ!」
放った石灯籠を仙兵衛が拳で砕いた。四方八方に砕かれた石が飛散し、右彩の逃げ場を殺す。
「もらった!」
避けきれなかった礫をまともに受け、右彩が怯む。その隙を逃すまいと放たれた追撃は、しかし虚しく空を切った。右彩は軽やかな身のこなしで仙兵衛を踏み台にし、宙へと逃れていた。
「惜しかったな。僕が相手でなければ今ので決まっていただろ……」
幕引きの雷撃を放つべく身を翻した右彩の目に、半壊した家屋の大黒柱をぶっこ抜き、これでもかと振りかぶる仙兵衛の姿が焼き付いた。
「お前すばしっこくって全然攻撃当たんねぇけどよお、流石に浮いてちゃ避けらんねぇだろ」
にかりと歯を見せ笑う仙兵衛。
「ちょ、ちょっと待て……」
「断る!」
渾身の力を込めて振り下ろされる柱。物体が風を切る音が響く。殴りつけられた右彩は勢いよく地面へと叩きつけられ、それでも衝撃を殺しきれずに大きく体が弾む。
「よっしゃあ! どうだスカし野郎!」
勝利の雄たけびを上げる仙兵衛の目に、落下する右彩が映る。彼の体は地面に激突するその前に空中で静止した。いや、静止したと言うよりは、何かに受け止められたかのように沈み込んだ、といった表現の方が正しいだろう。
「右彩、無事?」
少女が空中に不自然な恰好で浮かんでいる右彩に駆け寄る。ぐったりとうなだれた右彩の姿が人間のものへと戻ってゆく。
「結局、私も戦うことになるのね」
右彩の安否を確認を確認し、少女が仙兵衛へと向き直る。
「そうだった、もう一人いた!」
右彩は何故空中に浮かんでいるのか、そんな疑問を頭の隅に追いやり、仙兵衛は身構えた。
「じゃあ次は私とやろっか」
少女が両腕を開き、指先を曲げた。その周囲できらきらと何かが光る。
その時、二人の周囲で悲鳴が上がった。仙兵衛と右彩の戦いで傾いた家屋が崩壊を始めたのだ。
「危ない! そこから逃げろー!」
誰かの逼迫した叫び声。大きな瓦礫が崩れるその先には震えて動けない幼い子供の姿があった。
「た、助けて母上ぇ!」
土砂崩れのように襲いくる瓦礫の恐怖に、子供はその場にうずくまることしかできなかった。しかし、いつまで経っても痛みはやってこない。恐る恐る目を開けると、そこにいたのは先ほどまで暴れまわっていた朱い鬼だった。
「よお、大丈夫か? 怖がらせちまって悪いな、文句はあっちで伸びてる野郎に言ってくれ」
仙兵衛は身を挺して守った子供に微笑みかけた。とっておきの笑顔で。
「うわあああ! 鬼だぁあああ! 母上ぇええ!」
一目散に逃げていく子供に変化を解いて仙兵衛が叫ぶ。
「ちょ、ちょっと待てって! ほら見ろ、俺は人間だっての! 別にとって食ったりなんか、があっ……!」
体を鋭い痛みが貫いた。仙兵衛にわかったのはそれだけで、彼の意識はそこで途切れた。
「油断したな。くっ」
体の痛みに呻きながらも、右彩が距離を詰める。意識を取り戻した彼が仙兵衛の衣服に残っていた毛針に向けて電撃を放ったのだ。しかし右彩自身の負傷もあり、その威力は大きく減殺され気絶させるに止まっていた。
「まだ息があるか」
そう呟くと右彩は脇差を抜き、その切っ先を仙兵衛の首へと突き立てようと振り下ろした。
ーーが、その腕はまるで固められたかのようにぴくりとも動かない。
「どういうつもりだ、
桃色の瞳の少女、香凛は静かな声で答えた。
「その人、子供を助けたわ。もしかしたら、本当にあっちの憑鬼人から人を守ろうとしたのかもしれないでしょ」
「こいつが言っていることが本当だという確証が無い」
「それはそっちも一緒。その人が人を殺したって確証も無い。でも、子供を助けた確証ならあるわ」
「だがこいつは街を壊した」
「半分はあなたよ。それに、首を切るのは黒だってわかってからでいいんじゃない?」
「わかったよ、なら責任を持って君が運べよ」
引かない香凛の様子についに右彩が折れる。脇差を収め、ため息混じりに呟く。
「ああ、それと香凛」
「何?」
「今夜のことは誰にも言わないでくれよ。局長には特に」
「
うっすらと悪戯っぽい笑みを浮かべる香凛。
「うるさいな、絶対に言うなよ」
右彩がぶすっとして答えた。
「まったく、君が笑うなんて珍しいこともあるものだ」
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