第6話 ヒーローショー、開演
ロングヘアの男が吹っ飛び、地面に転がる。
何が起こったのか分からず、吹き飛ばされた男が元居た位置に目をやる。
そこにはフードを被った子供が立っていた。
その子供はゆっくりと俺の方に向かってくる。
俺の近くにいた男たちは得体の知れない子供の襲来に警戒心を強め、距離を取った。必然、俺からも離れる事になる。
「わしの居ぬ間に好き勝手やってくれたようじゃの。下賤の輩共よ」
聞き覚えのある懐かしい声。リズだ。
「ガキが相手じゃあ、な」
「そうだよな」
そう言って男二人が後ずさる。不意を喰らったとは言え高校生一人を一撃で吹き飛ばしたのは事実。強い弱いとは別に相手をしたくない相手ではある。
いいぞ。このまま行ってくれ。リズがボコボコにされるのをただ見るという最悪の結末だけは避けられそうだ。
「うぬら。まさかこれほどの事をしでかしておいてぬけぬけと逃げ果せる気ではなかろうな?」
リズ! 怒ってくれる気持ちは嬉しいが、今はやめてくれ。
声にできず、ゴホゴホと吐き咽る。
「いや、お前みたいなガキを相手にしちゃあ」
「なるほどの。ガキを相手に4対1で勝てぬとあっては他の仲間に馬鹿にされてしまうということかえ?」
更に焚き付けるような事を言う。
「まあ良い。うぬらがしれっと逃げ帰ると言うならば、後ろから全員の背骨を折ってやろう。何しろわしは今胸糞がわろうての。本来なら全員殺してしまいたいところじゃが、この世界でもやってはならんことであることは承知しておる故な。首以外の骨を全部折ってやる。掛かってくるがよい」
そう言ってリズは構え、手をクイッとやって「来い」と合図する。
子供に頭の天辺から足の先まで馬鹿にされて頭に血が上った4人は一斉にリズへ走って行く。
一番手前に居た大男が殴りかかる。
大男の手を内側へと弾き、コンビネーションを封じる。
そのまま前屈みになって向かってくる大男。
頭突きをする気か。
しかし無防備になったその顎へ肘鉄一閃。
脳を揺さぶられ崩れる。
その後ろからロングヘアの男が出てくる。
が、手前の大男を蹴り上げ動線を断つ。
右から来た金髪の男が殴りかかる。
頭を下に振って躱す。
伸びきった相手の腕を下から取り、片手で掌を押さえ、もう片方の手で肘を思い切り押し上げる。
――ミリッ。
逃げ場をなくした力が鈍い音となり辺りに響く。
「うがあああああ」
肘の関節を折られたロングヘアがその場で崩れる。
左から来たリーダー格をくぐる様にしゃがみ込み、軸足に手を合わせて円を描く様に放り投げる。
投げられたリーダー格は肘を負傷しているロングヘアの上に重なる。
先程動線を断たれた金髪が再びリズの前に立ちはだかる。
金髪から右ストレートが放たれる。
体を反り返らせ躱す。
そのまま腕にしがみつく様にして足ごと絡み付く。
急に重くなった右腕にふらつく金髪。
ストレートの勢いを殺せずそのまま地面に拳を突き当てる。
――ぐちっ。
金髪の拳から骨が見えた。
「あああああ!」
折れた拳を庇おうとした左腕を取り、後ろに回す。
膝を突き前傾姿勢の金髪が今度は腕を取られて仰向けに反り、これ以上は反れないというところでリズが全体重をかける。
――がこ。
どこの関節の音かわからなかった。
しかしどうやら腰の骨がずれたようだった。
腕を持ったまま左肩に踵を掛けてジャンプをして男の肩を乗り越えてみせるとまた鈍い音が響き、左腕はだらしなく垂れた。
先程投げられたリーダー格が掴みかかろうとする。
リズは掴んできたリーダー格の小指を関節の逆側に折る。
――ぺき。
全神経がダメージを受けた箇所に集中したタイミングで躊躇なく睾丸を蹴り上げる。
リーダーは白目をむいて崩れ落ちた。
最初に顎を一閃され気を失っていた大男の目が覚めるが早いか。
リズは膝立ちになった大男の両耳を掴む。
耳を自分の方に引っ張り、同時に膝で顔面をぶち抜く。
鼻骨が割れたのだろう。
ぼたぼたと鼻血が流れ落ちた。
鼻を庇おうと両手が顔に集まる。
がら空きになった水月をトゥーキックが貫いた。
水月は横隔膜に一番近い箇所。
その為水月への攻撃はイコール横隔膜へのダメージ。
鼻血により鼻腔を塞がれ、ただでさえ息のし辛い状況で、横隔膜への追撃。
大男は空気を吸う事も吐くこともできずただ口から泡を吹いて気絶した。
リズを除く全員がその場に倒れていた。
4人の男が、1人の子供に圧倒された。
もう誰もリズに立ち向かう者はいない。
一人は肘を折られ、一人は拳と腕と腰を破壊され、一人は小指と睾丸を潰され、一人は鼻を折られ横隔膜を揺さぶられ呼吸困難により気絶。
打撃と関節を織り交ぜた綺麗な演舞のようだった。
俺はただただぽかんと戦場に佇む一輪の花を見ていた。
曇天を背景に、灰色に染まるフードを被った子供を。
傍から見れば残酷なシーンだったかも知れないが、なぜだか俺にはそうは思えなかった。こんなイメージをずっと心の中に描いていた。弱者を守る為にヒーローが現れて、卑怯者たちを薙ぎ倒す。そんな心が躍る物語を。
「うぬらの蛮行を思えば随分手加減をしてやったんじゃがな。骨も全てを折ってはいまい? じゃがもし次この男に危害を加えるようなことがあれば、命はないと思え。もしもこの戦の結果に満足がいかず、他者による報復を目論むのならしっかりと伝えるが良い」
リズはロングヘアの髪を掴み、睨みを利かせる。
「4人で弱者をイジメておったら正義の味方から制裁を受けたとな」
リズが俺の方に来るころには随分と疲れも取れており、何とか立ち上がることができた。
「遅れてすまぬ」
俺はリズの背中を押して、ここからなるべく離れるよう歩いた。
「いや、来てくれて助かった。ありがとう」
「礼には及ばぬ。寧ろ監視者として出来が悪かったと反省しておるところよ」
「なんであんなに強いんだ。何か習っているのか?」
「わしはエージェントじゃからな。世界から指令を受けておるのじゃ。これくらいは出来て当然朝飯前じゃよ」
「ふふ。何だよそれ。答えになってねーっつつ」
さっきのリンチの際に受けたダメージが癒え切っていない。脇腹が痛い。
「大丈夫か?」
「あいつらよりは平気だ」
「左様か」
あれだけ動き回って傷一つなく息も上がっていないリズに、自分の為体が恥ずかしくなった。同時にリズに対して激昂した時の事を思い出し、殊更恥ずかしくなる。
「この前は、悪かったな」
「この前とは、女の事か」
「そうだ」
「あれはわしも踏み込み過ぎたと反省しておる。そして更に謝らねばならぬ」
「え、何を?」
「悪い知らせばかりを持ってきてしまったのでな。おぬしには聞くに耐えぬし見るに耐えぬやも知れん。じゃが、わしがここ数日おぬしから目を離した理由がそれ故、おぬしに報告せん訳にもいかぬ」
「数日間いなかったのは、怒って出て行ったんじゃあなかったのか?」
「確かにわしは監視者としては到らぬ所もあるからの。感情をひた隠しておくことはできん。それゆえおぬしには厄介と思われることもしばしばであろう。怒って出て行ったと思われても仕方あるまい。じゃが、監視者代行である故、私情に揺れて監視を怠ることはせんよ。今回はムノキスケの行方を探る為に、監視者としての仕事を
「そうだったのか。それでそのキスケさんの件で悪い事があったのか」
「そうじゃ」
――ぽつ。
曇天から一筋の雨が落ちてきた。
話の続きは帰ってからだ言わんばかりに走り出すリズに置いてきぼりをくらい、それでもなるべく早く家に着けるようにと俺も走った。
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