第6話 私と私と私と私と私と私と私と私と私
「……えっ、誰?」
思わず声が漏れ出たが、間違いなくそれは小学生の私だった。手にはノートを持っている。
小学生の私はそのまま私の方まで歩いてきた。そして、不思議そうな顔をして
「ここどこ? 私のアサガオはどこいっちゃったの?」
と言った。
私とハジメは顔を見合わせ、家探しを始めた。
きっとこの私は夏休みの宿題でアサガオの観察をしていた小学3年生の私だ。
ずっと泣き虫で、少しでも不安なことがあったらすぐに泣いていた。そのことで両親は叱ってみたりなだめてみたり試行錯誤していたらしい。
そんな思い出に浸りながら家探しをしていると小学生の私がぐずりだすのが見えた。洟をすすっている。もうすぐ泣きだす合図だ。
慌ててテレビを夕方のアニメ番組のチャンネルに合わせる。
「これ見ててね。とても面白いから。あとお菓子もあるから食べてていいよ」
応急処置だったが何とかなった。小学生の私は大人しくお菓子を食べながらテレビを見始めた。これで30分はもつ。
このぐずり癖はハジメだって知っているはずで、この私がアサガオの観察日記を書いていたのだって間違いなく覚えている。目くばせしただけでアサガオの観察日記を探すために家探しをし始めてくれたのはとても助かった。
そう、私はずっとアサガオの観察日記を大事にとってある。これは私にとってとても大切なものなのだ。
泣き虫だった私は、何も出来なかった。何かしようとしてもちょっとした壁や段差ですぐ泣いてしまったからだ。正直自分でも何が悲しかったのか悔しかったのか分からないまま泣いていたと思う。だから周りもどうすることもできなかった。
でも、このアサガオの観察日記は出来たのだ。
一人で黙々と1日1回アサガオのスケッチとその様子を文章で書く。
地道な作業だったけどそれがなぜか嫌じゃなくて、むしろ楽しく感じていた。
夏休みの終わり、アサガオが枯れてしまったときは大号泣した。本当に悲しかった。
でも、夏休み明けに悲しみをひきずったまま提出したアサガオの観察日記を見て、担任の先生は大喜びした。
「すごい!」「とても丁寧にかけている」「こんなに努力出来るのはとてもすごいことだ」「アサガオが枯れたのは悲しかったけど、タネが残ってるからまたアサガオは生まれ直せるよ」「この観察日記を書ききったことを誇りに思って」
そんな先生の嘘偽りのない言葉に私はとても喜んだ。
これまでまともに褒められたことのなかった私が初めて褒めてもらえたし、自分の出来たことで喜んでもらえた。とても嬉しかったのだ。
それがきっかけで私は人並みには泣かないようになったし、それに合わせて色んな事が出来るようになった。
アサガオの観察日記がなかったら私は一体どうなってしまっていたのか、考えると怖くなってしまう。
「あった……」
部屋の隅に積まれた一番下のダンボールのその奥にアサガオの観察日記はあった。もうボロボロだ。
ちょうどアニメが終わったところだった。
私は、小学生の私にボロボロのアサガオの観察日記を渡した。
「これはね、お姉ちゃんが書いたアサガオの観察日記なんだ。ちょっとお願いなんだけど、この観察日記を読んでもらってもよいかな?」
そう言うと小学生の私はうなずき、黙々と観察日記を読み始めた。
音読はしない。当時の私は音読が大嫌いだったのも思い出した。
ふと、小学生の私が顔をあげて、質問をしてきた。
「お姉ちゃんもアサガオの観察日記好き?」
私は自信をもってはっきりと笑顔で答えてあげた。
「うん、私もアサガオの観察日記大好きだよ」
その答えに満足したのか、小学生の私は消えていった。
他の部屋を探していたハジメが戻ってきた。
「見つかったんですねー」
「うん」
「良かったですー」
ハジメの顔も満足そうだった。
予想外の出来事もあったけど、ようやく長い一日が終わろうとしている。
「じゃあ、ハジメ。申し訳ないけど、ブログ読んで。寂しいけど、それでおしまい」
そう言って私はPCの画面をハジメに向けた。
しかし、ハジメは読もうとしない。
「……ハジメ?」
そう呼び掛けるとハジメは困ったような顔をして、でも意を決したように私に言った。
「もしかしてなんですけどー、サイシン、あなた自分も擬人化の一人だって気付いてなかったりしますかー?」
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