第4話 私と私と私と私と私と私と私
ダウナーな私が消えるのを見届けると、他の私たちは各々好き勝手にくつろぎ始めた。
今のを見て何も思わなかったのかと疑うくらいの切り替えの早さに面食らってしまった。私はまだ少し涙目だっていうのに。
そんな私を察してか、ハジメがいそいそとそばに寄ってきた。
「あのー、サイシン。他の私たちの行動にそんなに驚かないでくださいねー」
“サイシン”と呼ばれたことに面食らってしまった。なんだその呼び名は。
怪訝な顔をしていたのかハジメはあたふたと説明しはじめた。
「いやー、ずっと「私、私」って言ってるのもあれなので、呼び名を勝手につけちゃいましたー。気に障ってしまったのならごめんなさいー」
「いや、ちょっと驚いただけだから大丈夫。それより、驚かないでくださいねってどういう意味?」
「あのですねー、私の予想なんで外れてるかもしれないんですけどー、私たちってブログ記事の擬人化なのでー、きっとそのブログ記事の時のテンションだったり性格だったりがすごく反映されているんだと思うんですよー。だから私もこの語尾が直らないわけでー」
なるほど、ブログの擬人化なのだからそれは当然か。そうなると、ダウナーが消えたのを見たところで何か心境がすぐに変わるわけでもないのか。
というか語尾直そうとしてくれていたんだな。
「なるほどね、結構それありそうだね。教えてくれてありがとう」
「いえいえー」
役に立てたのがそんなに嬉しいのかハジメはとても良い笑顔になった。見ていて眩しい。笑顔もお肌も。
それにしても、これからどうするべきなのだろうか。
擬人化の私たちを消すのは簡単だということはよく分かった。でも、だからといって消すのが良いことなのかといえば正直憚られる。けど、じゃあずっと一緒に暮らして行こうというのも現実味がない。私たちには戸籍も無ければ貯金も無い。
「どうするかなぁ」
「そんなのとっととみんな消せばいいじゃん! もう十分未来を楽しんだし私は満足ダゼ!! なあ! みんなもそう思うダロ!!」
急に大声を出されて驚いたが、そういえばこの私もめんどくさいのだったと思い出した。
朝起きてからテンションがやけに高く、声も大きかったので、音楽プレーヤーを渡してずっと音楽を聴かせていたのだった。
服装がライブTシャツのこの私は間違いなくライブ後のハイテンションで書き殴ったブログの擬人化だ。
正直普通のテンションの私には対応が厳しいし、本人も消えて良いというのだからそれで良いかもしれない。今のままで幸せそうだし私に出来ることは無いだろう。
ライブな私の声に他の私たちも驚き目を向けた。そうすると意外にも同意する私たちがいた。
「私ももう消えても良いかなぁ。ここにはダイちゃんもいないし」
「ヴッ」
ぶっ刺さった。私にとてつもなく深い杭がぶっ刺さった。
ダイちゃん。元カレだ。当時はめちゃくちゃ好きだったし、正直周りから見たら砂を吐くようなレベルで甘々なカップルだった。あ、いや違う。昨日彼氏とは別れたから元々カレだ。
なんにせよ、本人も薄々察してダイちゃんについて質問されてないうちにこの脳内お花畑の私もさっさと消した方が幸せかもしれない。
「私ももういいかな。ネタバレ知り過ぎてもう罪悪感が生まれるレベルになってしまったしwww」
こちらもこちらで幸せそうなオタクの私がいる。テレビ見ながら教えた「尊い」という言葉に衝撃を受けたのか、さっきまでは「尊みが深い……w」と呟きながらマンガやお宝同人誌を読み漁っていたのだが、もう満足したらしい。
この3人もすぐにそのブログの記事だったか特定できる。そもそもブログ自体そんなに更新頻度は高くなかったし、あまりプライベート感を出した記事は出したくなかったから本当に特別テンションが高かったり低かったりしたときにしかそういう記事は書いてないのだ。というか一々ブログ書くのめんどくさいし。SNSの方が楽だし。
「そっか。それならブログ記事出すから読んで。ちょっと寂しいけどみんな元気でね」
消えたあと元気でね、なんてナンセンスな話だけど仕方ない。別れの言葉はテンプレートを使うのがベターなのだ。
そういうと3人は順番に別窓で出しておいたブログを読んでいく。
「この若さで消えるのか、ロックだナ!!」
アニソンライブに行ってきてたはずの私はロックに消えた。
「ところで、ダイちゃんとはもう婚約したの?」
「ヴッ」
私の反応に察して脳内お花畑な私は「頑張れ私♪」と励ましながら消えていった。
いつの間にかオタクの私は消えていた。
ふとテーブルに目線を移すと置き手紙があった。
「いつまでたっても性癖は変わらないようで安心しました。
でも一晩限りの同軸リバシチュも最高ですね オタクより」
……過去の私をより腐らせるようなお宝同人誌を見せるのはやめておいた方が良かった。
業が深くてつらみが深い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます