第3話 私と私と私と私
ブログ記事の擬人化の私たちが消える方法は、そのブログを読む事らしい。
それは、この最新の私が読んでも良いのか、その当事者の“私”が読まないといけないのかは分からない。
今すぐ試すこともできる。私がこのブログの最初の記事を読んでハジメが消えるか確認すれば良いだけだ。
でも、それを今すぐには試そうという気が起きなかった。ハジメが今のところ一番話している相手でもあったし、それに何より、そんな簡単に不意に私が消えてしまうことに怖さと寂しさと何かを感じてしまったのだ。
そのあとは数時間ダラダラとテレビをみて過ごした。他の私たちは現代のテレビ番組に興味津々だった。言ってしまえば未来のテレビなのだ。「あのタレントはどうしている」「あのスポーツ選手はどうなった」「オリンピックで金メダルは」とかとか色んな質問をされてそれに全部答えた。
これが過去からタイムスリップしてきた私たちだったらこうはいかなかっただろう。でも、ただ単に現代に擬人化として生まれてきた私たちになら何を言ったところでバタフライエフェクトなんて起こるはずもない。微妙に年齢が異なっているということもあって、自分自身と話しているという感覚よりは親戚の子と話しているような感覚になって、気楽な会話が楽しかった。
でも、この私たちはいずれ消えてしまう。
ふと我に返ってしまい、思わず宅配ピザを頼んでしまった。
届いたピザは6人の私たちにとっては少し多めだった。
「あの」
ピザを食べてる途中にスーツ姿の私が呼びかけてきた。
「何?」
「あの、私出来れば早めに消えたいんですけど」
ちょっと驚いて具のエビが1個床に落ちてしまった。もったいない。
「え、それどういう意味……?」
思わず聞き返してしまうが、きっとそのままの意味だろう。
「いえ、そのままの意味で、私結構ダウナーな気分で、早めにこの気分から解放されたいんですよね。未来の私はそこそこ社会でやれているみたいだって分かりましたし、もう思い残すことは無いかなって」
改めてダウナーな気分の私を眺める。スーツで、ダウナーな気分で、早く解放されたい、か。
答えはすぐ分かった。本人の希望もある、あとはブログの記事を見れば終わりだ。
でも、このままこの私を消すのは躊躇われた。なんというか、私が落ち込んだままの状態で消えてしまうのはなんか嫌だ。
「ちょっと待って。もうあなたがどのブログの擬人化かは分かったんだけど、2つだけ私のやりたいことをやってからにしても良い?」
私から私へのお願い。なんだか変な気もするが、ダウナーな私は素直に頷いてくれた。良かった。
「じゃあ、1つ目。この写真を見て」
いつもテーブルに乗せている額縁つきの写真を見せる。笑っているスーツ姿の私と両親が写っている写真だ。
「これはね、大学卒業式の写真。多分女の子なら着物とか着飾って晴れ晴れしい姿で写真を撮るのかもしれないけど、私は出来なかったの。卒業式の日だっていうのに、夕方から面接の予定を入れてたからスーツでないといけなかったの。分かる? 就活はボロボロでどこも受からないまま卒業式を迎えたの。でもね、卒業式が終わってすぐに採用の電話がかかってきて、もう嬉しくて嬉しくて、泣きながら笑ってそのまま写真撮っちゃった。それがこの写真」
写真を手渡すとダウナーな私はそれをじっと見つめた。
「就活はね、本当に辛くて長くて、周りの友だちや両親や、色んな人たちに心配されて、本当に逃げ出したかったし、ちょっとだけ死にたくなったりもした。でも、最後の最後で報われたの。小っちゃいけど最初に希望してた業種職種だったの。本当に嬉しくて全部が報われたと思った」
「だからね、もうちょっとだけ頑張って。大変だけど、叫びたくなるけど、絶対報われるから。未来の私が保証する」
そう言いながら私は就活時に一度だけ書いた恨みつらみのブログ記事を読んだ。ダウナーな私は消えなかった。
この私は過去から来た訳じゃない。こんなこと言っても仕方ないのは分かってる。でも、それでも今ここにいるのなら、最後くらいちょっといい気分で消えてもらった方がいいじゃん。
「……ありがとう」
きっとダウナーな私もこのこと自体に大した意味がないことなんて分かってる。でも、今涙してるだけで得られているものはあったんだと思える。そう思いたいんだ。
PCの前へと促すとダウナーだった私はゆっくりとブログ記事を読み進めた。最後に小さな声で「ありがとう」というと、最初からいなかったかのように消えてしまった。
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