第2話 私と私と私
いつの間にか寝てしまっていたらしい。周りを見渡すとデブな私をはじめとして、何人もの私が同じように寝ていた。
人数を数えてみる。1,2,3……7人いる。見た目ですぐ分かるのはデブくらいか。あとは服装もみんな違っているから全員起きたら確認してみよう。
なんて考えている暇は無かった。今何時!? 出社しないと!!
消した覚えのないテレビを点けて時間を確認する。ちょうど謎のキャラクターが「8時55分!!」と元気に言っているシーンだった。
始業時間は9時だ。完全に寝坊した。どんなに急いでも40分は遅刻するが仕方ない、今から急いで……。
でも、そうしたらこの私たちはどうしよう。勝手に外出されても困るが食事の用意があるわけでもない。このまま放っておいたら消えるものなのだろうか……。
揃いも揃って穏やかそうな寝顔をしている私たちを見て、仕事に行く気が完全に失せた。欠勤の連絡をしよう。
初めて家電を買っておいて良かったと思えた瞬間だった。スマホがなくても電話が出来る環境というのは意外と貴重かもしれない。
3回のコール音の後、出たのは直属の上司だった。
「もしもし、高木さんですか、私です、木場です。はい。いや、オレオレ詐欺じゃないですよ。あの、始業直前で申し訳ないんですけど、体調が悪いので今日は欠勤させてくださいよろしくお願いいたします失礼いたします」
変に色々問い詰められても困るので一気に言い切って電話を切ってしまった。最後「は?」と言われた気がするが、優しい高木さんなのできっと大丈夫だろう。
一仕事を終えたところで、他の私たちが起き始めてきた。とりあえず近くのコンビニでパンとおにぎりを買ってきて朝食をすませてしまおう。
朝食を食べ終え、ひと息ついた。冷静になってみると、ブログ記事の擬人化である私たちがどうやったら消えるのか分からないという状況と朝食代のレシートが合わさりいくらかの焦燥感を覚えてしまう。早く消えてもらわないと破産してしまう。
「それで、このおデブな私は大学3年生の頃の私なのですねー……」
ハジメがいくらか落胆している。気持ちは分かる。将来の私がデブになるなんて知ったらそりゃ落ち込むだろう。でも仕方ない、あの頃はやることも無く漫然と美味しいご飯屋さんに行ったり、お菓子を貪ったりしていたのだから。
「そんなに落ち込まないでよぉ。仕方ないじゃん、失恋太りってやつだよぉ」
デブな私を「デブ」と呼ぶのはあまりにもだったので「ゴハン」と呼ぶことにした。野菜は食べてなかったし、おじいちゃんの名前を拝借した訳でもない。
「まあまあ、結果またすぐ痩せるからいいじゃん。えーっと、その頃のブログは……」
ハジメを慰めつつPCでブログを遡る。その頃はSNSにご飯の写真を上げることが多くてブログはほとんど書いてなかったはずだ。
「あった、これだ」
そういうとほとんどの私たちがPCの前に集まってきた。それぞれ思うところがあるのかもしれない。
見つけたブログは美味しい白米の食べ比べが出来るお店に行った時のものだった。朝寝言で「ササニシキも捨てがたいよねぇ」と言っていたのできっとそうだろう。
載せている写真はとても艶やかなお米が写っていた。今見てもそこでご飯を食べた時の感動が思い出せる。ただの白米だけでもとても美味しかったのだ。しかもそのあと付け合わせと食べたら更に最高だった。ご飯で感動することもあるのだと感動して書いたブログだった。目から鱗、日常の幸せを掴んだ瞬間だった。
「あー、そうそう。このご飯が最高だったんだよねぇ」
なぜ今まで忘れていたのだと驚いているゴハンがお腹を鳴らした。思わず笑ってしまったが気持ちが凄く分かる。今からでもこのお店に行きたいくらいだ。
「そうだよね、今でも覚えてるもん、この時食べたご飯」
なんてゴハンに同意しようと後ろを振り返ったら、ゴハンがいなかった。
部屋を見渡す。人数を数える。
1,2,3,4,5,6。
6人しかいない。
ゴハンはあの時めいいっぱい吸い込んだ湯気のようにいつの間にか消えてしまっていた。
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