第2話 ヤンデレ型インフルエンザウイルス
「来ちゃった……///」
まず最初に紹介したいのはコイツだ。なにが気に入られたのかまったくもって理解できないが、どうやらこのウイルスに好かれているらしい。毎年のように俺の前に現れては一世代古いラブコメみたいな茶番を繰り広げることになる。
「わ、増井くん去年よりも身長伸びた? やだ、私が背の高い人の方が細胞数多いから好きなの知ってて伸ばしてくれたの……? なーんてね♪」
しかも、なにがムカつくってやたらと声が可愛らしいせいで図らずもちょっと萌えてしまうことだ。舌っ足らずで悪いヤツに騙されそうな雰囲気の幼い甘え声。目をつぶっていれば年下の女の子という設定で妄想プレイが楽しめるレベルのクオリティを持っている。
「……でもね、私も一年経って成長したんだよ? 増井くんの肉眼じゃ今すぐ見せてあげられないのがもどかしいけど……。ね、顕微鏡持ってるんでしょ? ……恥ずかしいけど、増井くんになら私の全部、見られてもいいよ……///」
う、うぜえ……。コイツの存在自体が腹立たしいのはもちろんのこと、たかだかインフルエンザにちょっとときめいてしまう自分の不甲斐なさが情けなくて、周囲の空間に手当たりしだいデンプシーロールかましたくなる衝動に駆られる。
「……ねえ、なんでイヤそうな顔するの? そんなに私と子作りするのがイヤなの?」
知らない人のために説明しよう。ウイルスはカビ等の細菌と違って、栄養があっても自分で増殖する力を持たない。どうやって増殖するのかというと、生きている細胞に侵入し、ウイルスを作らせることで増殖していく。つまり、子作りという表現はなんとなくイメージ通りではあるけれど、語弊も甚だしいということだ。むしろ男女問わず人間は犯される側といっても過言ではない。まったくもって迷惑な話だ。
「――なんか言ってよ! 私がどれだけ増井くんを好きなのかわかってるんでしょ!? 好きって言われたら好きって言ってよ! 返事がないと捨てられたみたいで悲しい気持ちになっちゃうでしょ! かまってくれるまでここに居座るからね!?」
そしてキレやすい。そもそもインフルエンザだけにキレるポイントもよくわからない。女心というものが当てはまるかどうかすら不明だ。……いや、人間であろうと女心わかってないだろってツッコミは無しで。
「――ああ、そう。ここまで言ってもダンマリ決めこむのね? わかった、もういい。あなたの周りの人間、全員殺しちゃうんだから。増井くんが悪いんだからね? 私の想いに応えてくれない増井くんが全部悪いんだからね?」
「――っだああああ! だからなんでそういう発想になるんだよ! 好かれたいのか嫌われたいのかハッキリしろよ! 意味がわかんねーよ!」
耐え切れずに俺は口を開く。なんで好き好き大好き超愛してるって雰囲気から唐突に殺害予告が飛んできてなおかつ俺のせいってことになるんだよ。メンヘラと付きあうとこんな感じなんだろうか。まったくもって理解に苦しむ。
「決まってるじゃない。インフルエンザとしての業が1割、増井くんに対する腹いせが1割、残りは周りの人間が殺されることで私という存在がアナタの中で強く印象付けられるというのが理由」
「発想が根本からおかしいだろ! 悪い意味でしか印象残らないんだけど!?」
「マイナスイメージがメーターを振り切ると逆に好きっていう感情に変わるでしょ? 少なくとも私はそうよ」
「変わらねえよ! ていうか、もしかして俺に執着しているのってそういうメカニズムだったの!?」
もうなんかヤンデレとかメンヘラとかそういう次元を通り越してただ頭がおかしいだけな気がしてきた。
「あ、聞きたい? 私の増井くんに対する想い聞きたい? わあ、嬉しいなあ。やっと増井くんが私に興味持ってくれて……///」
「いや別にどうでもいい」
「そう……あれは今日みたいな寒い冬の日のことだったわ」
「人の話を聞けよ!」
「当時の私は荒れていたわ。誰かれ構わず細胞内に侵入して、本能の赴くままに増殖し、そして次の宿主へと移っていった。私、変異しやすい体質らしくて全然免疫系に引っかからなかったの。まるで世界に見捨てられたような感覚だった。いつしか自殺を考えるようになったわ。誰でもいいから私を死滅させて欲しいと考えるようになった」
……理解が追いつかなさすぎて頭が痛くなってきた。
「そんな時に出会ったのが増井くんよ。私は例によって細胞に侵入し、増殖するつもりだった。けれどアナタの免疫系システムは他の人間と一線を画していたわ。変異しても変異しても免疫系システムに引っかかって攻撃される。不思議よね、あれだけ死にたいと願っていたのにいざとなったら命が惜しくなるんだもの。初めて人間の免疫系が怖いと思った。初めて私の変異しやすい特性を活かして免疫系を意地でも突破してやろうと思った。そして――初めて、人間のことを好きになっていた」
澄み切った空気。マフラーで口元を覆わずにはいられない寒さ。恋愛映画のクライマックスシーンのように北風が吹いた。インフルエンザの声が美しく際だつような錯覚を起こさせる。
「――って、なに美談にしようとしてんだよ! 俺にしてみれば体がけだるくなるし、こうして付きまとわれて迷惑なだけだっての!」
「恋は障害があった方が燃えるもの――ぜったい増井くんを振り向かせてみせるわ。むしろ他の女に渡すぐらいなら増井くんを殺して永遠に私だけの増井くんにするわ」
「……もうダメだなこれは。仕方ない、貸しを作りたくはないけど御木本さんに相談するか……」
御木本さんは困ったらいつでも連絡してこいと言っていた。以前、試しに電話したらインフルエンザのうんちくやら妄想やらまったく俺の問題と無関係な話に飛んで長電話になってしまった。それ以来あまり頼らないようにしているのだが、さすがに今回はそうも言っていられない。
『ハロー増井くん。私が受けつけているのはインフルエンザに関する相談だけではない。思春期特有の男女関係の相談もオールオッケーだよ』
「じゃあさっそくお言葉に甘えようと思います。俺のことを好きな女に嫌われるにはどうすればいいですか」
『その年でマニアックなプレイをご所望とはな。他人事ながらキミの将来が心配になってくるよ』
「いや相手が好意と殺意を混同している特殊なケースなので。少なくとも真面目に聞いてますよ」
『それもひっくるめて相手の全てを受け入れるのが男の度量ってもんじゃないのかい』
「事情を知ってるのにそんなアドバイスするってことは暗に俺に死ねって言ってますよね」
『冗談さ。恋は盲目とはよく言ったもので、好きな相手のいい所しか見ようとしないものさ。だから意図的に嫌な箇所ばかり見せつけて幻滅させるのが一番じゃないかな』
「なんか普通の回答が来て拍子抜けしてるんですけど」
『たまには親身になるさ。では、こう見えても忙しい身なのでこのへんで失礼するよ。じゃあ頑張ってくれたまえ』
電話が切れた。嫌な箇所ばかり見せつける、つまり幻滅させればいいということか……。
そうは言っても、これだけ邪険に扱ってもへこたれない相手にどうしろというのか。
「――ちょっと増井くん。いまの電話の相手、誰?」
思案を巡らせているとインフルエンザの方から話しかけてきた。なんか怒っているような口調に思える。
「俺が世話になっている人だよ。ビジネスパートナーと言うべきかな?」
「私が聞きたいのはそこじゃないの。いまの人――女だったよね?」
天啓のような閃き。そうか、コイツの嫉妬心を煽って幻滅させればいいんだ。まさか相手の方から突破口を開いてくれるなんてな。
「ああ、そうだ。お察しのとおり俺はあの人が好きなんだよ。仕事上の関係から恋に発展するって珍しくないらしいな。いやーまさか自分もそうなるとは思わなかったわー」
もちろんウソだ。けれど、コイツを手っ取り早く追っ払うにはこう答えるのが一番だ。
「――やっぱり! どうして増井くん!? 私というものがありながらどういうつもり!?」
「どういうつもりもなにも、インフルエンザと人間の恋とかつまらないWEB小説以下のストーリーだろ。そんなん誰が望んでるんだよ。異世界転生したところで救いもないわ」
「~~ッ! もういい! あの女を殺して増井くんには私しかいないってわからせてあげるんだから!」
そう言ったきり声は聞こえなくなった。
「はあ……今年はいつにも増して殺気立っていたな。ホントに御木本さんのとこ行ってなければいいけど」
『当然だろう。他に好きな人がいるとフラれて素直に諦める奴がどこにいるんだ』
「御木本さん!? 聞いてたんですか!?」
電話を切ったつもりが切れていなかったらしい。……ん、待てよ? ということは……。
「……もしかして、さっきのやりとり全部聞こえてました?」
『あたり前じゃないか。もちろん、私に対しての愛の告白もな』
「やっぱりですか……わかってると思いますけどウソですからね、アレ」
『まったく、素直じゃないなあ。そんなこと言って本当は私のことが好きなんだろ……?///』
「や め ろ」
しっかり通話を切って携帯電話の電源を落とす。インフルエンザ以外にも厄介事が増えてしまった予感がした。
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