かしましインフルエンザ

03

第1話 プロローグ

 まず最初に断りを入れておく。

 これは、テレパシーという特異な能力が使える俺、増井祐樹の話である。

 テレパシー。直接に他の人の心に伝達される能力。誰でも一度は耳にしたことがある類の超能力だ。

 この能力が使える――否、使えてしまうとどうなってしまうのか。

 テレパシーは人間に限った話ではない。動物とか植物とかそういった人外生命体との意思疎通も可能だったりする。

 ところが、である。

「やあ増井くん。冬になって湿度も下がって活発になったと思うけどどうだい?」

 12月某日。俺はWHO的なんちゃら研究所(長ったらしい横文字なのでいまだに正式名称を覚えられない)に協力を要請されて、研究に協力している。

 テレパシーとWHO――世界保健機関がなんの関係があるんだと思うだろう。それは、俺の能力がきわめて限定的な範囲でしか使えないことに関係がある。

「いやあ、活発も活発。うるさすぎて外を出歩くのが欝になりますよ」

 主語を省いているが、特に意味があるわけではない。ただその名詞を口に出したくないだけだ。

 インフルエンザウイルスとのテレパシー。それが俺の特異能力。

 はっきり言おう。まったくもって嬉しくないし、いっそのことこんな能力無い方がありがたかったとすら思う。むしろ、この能力をなんとかして消し去りたいがために研究に協力しているというのが実情だ。

 想像してもらいたい。360度見渡しても人間が存在しない空間から声が聞こえる感覚を。

 よりにもよってインフルエンザウイルスなんて人間にとって害しかない存在と意思疎通ができてしまうという事実を。

 ちなみに家の中では空気清浄機とアルコールスプレーという念入りな消毒のおかげてウイルスは皆無だ。睡眠を阻害される心配もない。それだけに外を出歩くのがおっくうで仕方がない。インフルエンザに罹っている人がマスクしないで電車に乗っているのとか目撃してしまうと周りに注意したい衝動に駆られるが、騒いでも俺が変な人扱いされるだけなので毎回躊躇する。バイオテロみたいな状況を防ぎたいのに防げないこのモヤモヤ感すらもストレスになる。

「しかし、なぜ君にそんな能力が発現して私には発現しないんだろうな。これほどまでにインフルエンザウイルスを愛しているというのにまったくもって不可解だよ」

 先程から目の前に座っているのは、白衣を着た妙齢のメガネの女性。髪のぼさぼさ具合といい、女っ気のない単色の服装といい、いかにも女子力が低そうな身だしなみだ。この人はこの研究所で世話になっている御木本さん。どっかの金持ちの令嬢らしく、ちゃんと身だしなみを整えれば美人だと思うんだが、いかんせん中身に問題がありすぎる。

「俺としても御木本さんに上げられるなら上げたいですよこんな能力」

「私だって貰えるなら貰いたいさその能力」

 言いながら、御木本さんは腕をまくった。

「あと何が試せるかな……私としてはやはり輸血がキーになると思うんだが」

「いや以前試したときは血液型違うせいで死にかけたじゃないですか懲りてください」

「となるとやはり性交渉が最適解か」

「宗教上の理由で婚前交渉は禁止されてるんで勘弁してください」

「ウソがバレバレの棒読みで言われても説得力がないぞ。私としてはキミ相手に処女を捧げるのはやぶさかではないんだがな。今日だってほら、白衣の下には下着しか着けていないぞ? こういう格好が増井くんの好みなんだろう?」

「デスクワークばかりでまったく鍛えていない三次元女の下着姿とかまったくそそりませんどう考えてもネトゲの初期アバターです自重してください。あと本音を言いますと大財閥の一人娘を傷物にしたら過程がどうあれ消されるんでカンベンしてください」

 とまあ、インフルエンザのためなら自らの犠牲も厭わない一風変わった人だ。

「それはさておき、だ。今月分の報告をお願いしようか」

「はい、こんな感じですね。とは言っても、御木本さんに相談した連中たちですが」

「ああ、彼女らか。とりあえず、あらためて話を聞こうか」

 これから話すのは、俺が出会ったウイルスたちだ。

 その中でも印象深かった奴らを紹介したいと思う。

 ウイルスにも性格がある。ただ、どういう訳か男性のウイルスというのは存在しないらしい。

 女三人寄ればかしましい、と言うがとんでもない。一人(?)ですら大迷惑だ。

 俺がどれだけ迷惑を被っているか。皆にも共感してもらいたいと思う。

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