あの日、声が消えた

@0728summer

短編

 俺は気づけば放課後にまたこの声に耳を澄ましていた。一年前忘れ物を取りに学校に戻ったとき、俺は一発で屋上から聞こえてくるこの歌の虜になった。それ以来俺は放課後に自分の教室で聞こえてくる歌に耳を澄ますという日々が続いている。


 「帰るか」


 俺は立ち上がった後腕時計を確認した。時刻はもうすでに6時半を回っている。いい加減に帰らなければならない。そう思って歩き出したがまだ歌は聞こえている。俺はこの声の主を捜そうとは思わなかった。それに自分だけがこの歌を聴いているという優越感にもう少し浸っていたかった。



 高校のお昼休み

 「神宮くん。お昼一緒に食べない?」

 「いいよ」


 そう言って俺は数名の男子と共に屋上に上がった。他の男子からいわせると俺はもてている……らしい。確かにバレンタインはいつも20を越えるチョコを貰えるしいつも交代でクラス以外の女子ともお昼を食べている。最近は否定するのも馬鹿らしくなってきたのでそのまま受け入れるようにしている。


 「ねえ、神宮くん。今日一緒に返らない?」


 あいにく今日はしなければいけないことがある。


 「ごめんね、今日、放課後に文化祭のパンフレット作れなきゃいけないから」

 「そうだったね。副学級委員だもんね」


 話していた女子は露骨に残念な顔をしたが、これをさぼるわけにはいかない。


 「でもさぁあの委員長なら一人でできるんじゃない?」


 もう一人の女子が言った。

 確かにそうかもしれない。学級委員長の名前は熊野志望。

内気でおとなしめの女の子だ。委員長も周りのみんなから半強制的に決め指させられたものではあるが、まじめな性格だからか特に問題なく委員長をしていた。俺は前から彼女のことを気にかけていた事もあり俺が副学級委員に立候補した。


 「それでも手伝わないと」

 「それもそうだね」


 そんな話をし終えたところでちょうど予鈴のチャイムが鳴った。そのためこの話はお開きとなり全員で教室へと戻った。



 放課後

 「じゃあ、お前たちよろしくな」


 そう言って先生は紙の束を俺たちが向かい合って座っている机の真ん中に置いた。しごとはこれを5枚で1つの冊子にしてホッチキスで留めることらしい。僕らのクラスは40名ほどい

るためかなりの分量になっている。


 「熊野さん。始めようか」

 「うん」


 そう言って俺たちは無言でひたすら手だけを動かし続けた。俺の何倍ものスピードで熊野さんは1つの冊子を作っていった。そのためこの作業は30分ぐらいで終了した。


 「持っていく」


 そう言って熊野さんが俺の分も持って行こうとするので俺はあわてて止めた。


 「待って待って。俺の方が仕事してないから俺が持って行くよ」

 「ありがとう」


 そう言って俺は熊野さんが持っている冊子の束を受け取り職員室まで運んだ。


 「もう終わったのか。買い出し頼むぞ」


 先生にそう言われて俺たちは職員室を出た。この学校も文化祭の買い出しは自分たちでしなければならない。その仕事が回ってくるのはもちろん僕たちだ。


 「熊野さん。帰ろう」


 俺がそう言うと熊野さんは少し迷った様子だったが頷いた。外にでてたらもうすでに風が涼しくなっておりどんどん秋が近づいている感じがしてきていた。


 「熊野さんは去年も委員長だったの?」


 俺は不意にそう問いかけた。去年は彼女と別のクラスだったため何をしていたかは把握していない。


 「うん。でも去年は誰も手伝ってくれなかったから、今日はありがとう」


 そう言って熊野さんは笑った。おもわず俺は顔を横にそらした。真っ赤になっているであろう顔を見せたくなかったからだ。そうしている間に俺達が別れるT字路まできていた。


 「じゃあね。熊野さん。日曜日の買い出しの時で」


 おれがそう言うと熊野さんも手を振り替えした。そして、俺が行こうとすると熊野さんに呼び止められたら。


 「あのさ、明日から神宮くん熊野さんじゃなくて志望って言ってくれない?」


 そう言われた俺はもちろん了承した。


 「じゃあね。志望」


 俺がそういうと志望は嬉しそうに帰り道を帰って行った。次にあうのは日曜日だ。


 日曜日

 文化祭をするには用意がいる。自分の学校ではそれを用意するのは学級委員長と副委員長ということになっている。そのため日曜日を使ってたら二人で買い出しにきたというわけだ。


 「次はこの店で買わないとだね」

 「そうだな」


 そう言って俺は志望につられるようにして店に入った。ついさっき駅の前で集合してからもうすでに2店目になっているので、俺が思っていたより行動力はあるらしい。10前に集合場所に着いたのにすでに待ってたもんな……


 「ほら、この布とかいいんじゃない?」


 あんまり話聞いてなかった。

そう思いながら言っている布に目を通したが、学校の喫茶店のテーブルかけにする分にでは良いのではないだろうか?


 「いいんじゃない」


その言葉を聞くと志望も満足そうに笑って布をレジへと運んだ。俺は外に出て志望を待った。


「さて、この後どうしようか?」


 店のドアから出てきた志保に向かって俺はそう言ったが、志望は何も言わず歩き出したので、俺は歩き出した方向に着いて行く事にした。そして10分ぐらい歩いた頃、喫茶店の前で志望が立ち止まった。


 「ここ?」

 「そう、私のお気に入りの場所なんだ」

 

 そう言って志望は喫茶店の中に入っていった。その後俺達は文化祭のことなどを2時間近く話をしていた。その後、家に着いた。この話し合いのおかげか文化祭では特に問題も無く実行することが出来た。



 3学期


 「今日も駄目か……」


 俺はため息をついて窓の向こうに浮かんでいる雲を見上げた。三学期に入ってからいつも聞いていた声が聞こえなくなっていた。

 もう止めたのかな?

 そう思いながら俺は自分の鞄を手に取って帰るときに志望の机が目に付いた。そういえばあいつ全然学校に来て無いような……そこで何かが頭の中で引っかかった。何が引っかかってるんだろう? と思いながら自宅まで帰った。


 「分かった」


 家に帰り、ベッドに着いたとき俺は思わず呟いた。あの声が聞こえないときは志望が学校に来ていないときだ。明日誰かに志望が学校を休んでいる理由を聞いてみよう。メールしても返信無いし

 そして部屋の電気を消し目をつぶった。



 「ありがとう」


 さっきから志望のことを聞いているのだけど一向に知っている人が居ない。先生に聞いたほうが早いかな?  

 そう思っているそばから先生が通りかかった。


 「先生。何で熊野さんは最近学校に来て無いんですか?」

 「お前になら話してもいいだろう」


 先生は渋い顔をしたが口を開いてくれた。こういうところが優等生の特権だ。


 「実はな病気にかかっていて近くの病院に入院しているんだそうだ」


 それを聞いて今週の日曜日に言ってみようと心に決め先生にお礼を言った。目の前が真っ暗になるところだった。




 先生に話を聞いた週の日曜日、俺は手みやげを持って志望が入院しているという病院にやってきた。そして、スマホを片手に持って病院にたどり着いた。中にはいると、あの何ともいえない病院の匂いが漂っていた。俺は志望のがどこにいるのかを聞いてみることにした。


 「すいません、ここに入院しているという志望さんの友達なんですけど」


 俺が、受付の人にそういうと、その人は親切なことに地図を作って場所を教えてくれた。話を聞くと友達が訪れたことは初めてらしい。

 その後、俺はエレベーターを使い志望が入院しているという病室の前までやってきた。そこで、俺は深呼吸をしてドアを開けた。


 「お見舞いに来たよ」


 その一声を放ち俺は中に入った。

 病室の中にはベッドの上に腰掛けている志望が窓の外を眺めていた。そしてドアが開いた音に驚いたように、こちらを向いた。少しやせた気もするが最後にあったときと印象は変わっていなかった。


 「神宮くん!? どうしてこんなところに!?」


 そう言って驚いた様子の志望を眺めながら俺はベッドの横に置いてあるいすに腰掛けた。


 「学校来てなかったから、心配でさ。先生に聞いたんだ」


 それを聞くと志望は納得したようにうなずいた。


 「ありがとね。昔からちょっと体が弱くて」


 そう言うと志望はうつむいた。


 「別に私のことなんて気にしなくても……」


 志望は不意にそうつぶやいた。


 「そんなことないよ。聞きたいことがあるんだけど、良い?」


 俺がそういうと、志望はうなずいた。そこで俺はずっと気になっていたことを聞いた。


 「前からずっと、放課後に歌を歌っているのは……志望だよね?」


 そう言うと志望は目を見開いて掛け布団で顔を隠した。その後しばらく顔を隠した志望を見つめていたが、少しだけ顔を出して頷いた。俺はそれだけで十分だった。


 「一年前に、忘れ物を取りに行った事があったんだ。そしたら教室に歌声が響いてきてさ、それが心を振るわせたようで、ほぼ毎日聞いていて、最近聞かなくなって、少し寂しかったんだ」


 俺は自分でも知らない間に語り始めていた、志望も落ち着いたようで掛け布団から手を離していた。


 「そうなんだ。私、こんな体だったから、昔はずっと病院にいて。寂しかったんだ。でもある日テレビを付けたら音楽が流れていて、私もこういう風になりたい! って思った。だから、高校生になって、好きな事をしようと思ったでも……でも」


 そこまで言った後、志望は急に顔をうずめて泣き出した。俺はどうしていいのかわからず、とっさに志望の手を握りしめた。


 「大丈夫?」


 そうきくと志望は頷きさらに言葉を続けた。


 「でも、病気がひどくなって、手術を受けないといけなくなって、私怖いんだ」


 そう言う志望の手は細かくふるえていた。


 「大丈夫、俺が近くで見ておいてあげるから」


 俺がそういうと、志望は俺の方を向いて、尋ねた。


 「どうして、そこまで?」


 それを聞かれて俺は言葉を詰まらせた。しかしすぐに話し始めた。


 「それは、君の、志望の歌声に惚れたから。ずっと近くで聞きたいから」


 それは、俺がずっと心の中で思っていた言葉だった。


 「ありがとう」


 そう言う志望の声は震えていた。そして不意に呟いた。


 「少し、欲張っても良いかな?」 


 俺がその質問に答える前に、志望の唇が俺の物に触れた。そして、耳元に口を寄せ呟いた。


 「一つしてほしいことがあるの、それは……」


 その問に関する俺の答えは決まっていた。


 「もちろん!」


 窓からは優しい風が二人を包んでいた。



 一ヶ月後


 俺は今、志望に頼まれた願い事の準備をしていた。といっても放課後に椅子を一つ屋上に運ぶだけなのだが。

 運び終えた俺は屋上に来るためのドアの近くで待っていた。しばらくすると、足音が聞こえてきた。そして、ドアが開いた。俺はその人に向かって言った。


 「おかえり!」


 と

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あの日、声が消えた @0728summer

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る