第5話










それはまさにハッピーエンド。

そう言わざるを得なかった。












「絵梨付き合ってるんだってよ~」

「え?」

「あいつだよー」

「・・・・・・あいつ?」

「図書館のあいつだよ」

「・・・・・・誰だっけ」

「あいつだよ!絵梨がデレーっとした顔で喋ってたやつ!」

「・・・・・・あぁ」

「あぁって、お前」

「ちょっと高史黙ってろって」

「んだよっ、つまんねー」








初めて絵梨があいつと喋った日から半年後。

高史からそんな知らせを聞いた。

なんとなく薄々は気づいていたのだが、知らぬふりをしていた俺は無償にイラついて、黙ってろと言ったまま無言を貫いた。




絵梨とあいつは文字通りいい感じだった。

このころ絵梨は無事に志望する高校へ合格して、新生活を始めていたし、何もかもが順風満帆だったことだろう。

すっかり俺たちの相手をすることもなくなった。

そして、わざわざ彼に会いに行かなくても済むから、図書館にも当然行かなくなった。

もう明らかに俺たちを繋げてくれるものは消えたようだった。

ただ残っているのは、絵梨が残した本の題名たちだけ。






そんな中、また予想だにもしないことが起こる。








「親父がいなくなった」

「・・・・・・は?」

「あいつも発狂して今どっか行った」

「は?」







ある日学校から帰ると、憎たらしい兄の口からそんな言葉が出てきた。

あまりに聞き慣れない言葉たちに、頭が追い付かない。

理解したくない。

そう咄嗟に、脳が判断したに違いない。




「は、ばっか言ってんなよ」

「だって意味わかんねぇだろ」

「俺だって意味不明だよ」

「なんだよ、いなくなるって・・・・・・」

「知らねぇよ」




後で聞いた話、親父は仕事に行き詰った時、もういっそ辞めたいと考えたが家族の存在のせいで辞められない現実が嫌で、その原因である家族から逃げてしまったらしい。

そんな情けない親父だった。

その日から3日間は発狂して出て行った母親も帰って来なかった。

親父がいたときだっていつも、夜遅くまで、もしくは朝まで飲んでたりしてなかなか帰って来ない母親だったから何も感じなかった。

そう、何も。










「はぁ・・・・・・」








親父が家を出て行ったその日、また俺は初めて家出をして、絵梨に初めて会ったあの公園にいた。

奇しくも、その日もあの日と同じすごく寒い日だった。







「そこにいるの、誰?」






こんな偶然、そんなわけないと頭では言い聞かせながらも、確実に俺はその声を知っていたし、期待していた。

やっぱり、いつも俺を底なしの暗闇から救ってくれるのは、







「絵梨・・・・・・」

「裕太?なんでここに」

「ちょっと・・・ね」

「なにがちょっとよ!もう、そんな薄着で!」

「え?そうかな」

「薄着だよ、もう。これあげる」

「いいよ、そんなの」

「ホッカイロ結構効くよ?いいから持っときな」

「・・・・・・わかった」






随分しばらくぶりに再会した絵梨はいつもの絵梨だった。

自分よりも人の心配をして、女の子なのに男の俺にホッカイロを渡すような人。

俺が絵梨の問いに口を濁すとそれ以上は聞かないでいてくれるところも心地がよかった。




「久しぶりだよね」

「そうだよね、最後に会ってから時間だいぶ経ったよね?」

「そうだね。・・・・・・高校はどう?」

「高校?んーまぁ楽しいよ。勉強いっぱいしなきゃいけなくて、ちょっと忙しいかな。だから高史や裕太たちでも会えなくて・・・・・・ごめんね」

「あの人と会うのにも忙しいでしょ?知ってるんだ。高史から聞いた」

「あー・・・そうなんだ。うん、ははっ、まぁそうかな」

「絵梨」

「ん?」






思い切って聞いてみたいことがあった。

それは俺が一生感じることができない感情なんじゃないかと思うくらい難しいもので、そしてそれは一番俺が求めているものだったから。

一番大事な人にはそれを感じていたほしかったから。







「絵梨、今幸せ?」

「・・・・・・うん」

「・・・ほんと?」

「うん、幸せだよ」

「・・・・・・もしさ、絵梨に良くないことが起こったり、さ、例えばテストの点数が悪かったとかさ」

「・・・うん」

「そんなことがあったって、そいつにはいつも幸せにしてもらって」

「・・・・・・うん」

「だって、絵梨の好きな人でしょ」

「・・・うん。ありがとね。裕太」






そう言った絵梨は暗がりの中で泣いていた。

その涙の訳は俺も聞かなかった。

絵梨が俺にしてくれたように。

ただそのときは、本当に思っていたことが吐き出せて良かったと安堵していたのと、俺は自分がこんな状況にいながらもこんな言葉を絵梨にかけられるなんて、すごくいい男だな。と、自分に酔っていたと思う。




そうして、久しぶりに会った俺たちは時間も忘れていろいろろ話した。

そのあとは、もちろんほぼ抜け殻状態になったアパートまで丁寧に送ってくれた。





「絵梨、これから勉強忙しくても、彼氏と会うのが忙しくても、前見たいに会おうよ」

「うん!」

「高史も一緒にさ」

「うん!高史に言っておくね!」

「俺も明日学校で言っとく」

「じゃ、もう寒いから入りな~」

「うん、気を付けてね、絵梨」

「はーい、ありがとね」

「うん、じゃあまたね」

「またね」





またねと言って別れたあとに、こんな胸騒ぎがする日はなかった。

だけどそれを知らんぷりして、絵梨との時間が名残惜しいと言わんばかりにまた途中だった本の続きを読み始めた。











それは、まさに俺から見ても、周りからみてもハッピーエンドだった。

そう、認めざるを得なかったが、ただ物事はそう単純ではないもので、そう簡単に片づけられるようなものも中々ない。





ただ、俺は何も知らなかった。

誰も何も知らなかった。








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