第4話










灰色の集塵が飛ぶ。

あまりに軽いそれは

いとも簡単に飛んで行った。




[どこに行くの]




そう恐る恐る問うたけど、

もうすでにそれは

遥か彼方に消えていた。

















あの日、絵梨の好きな人が発覚したわけなのだが、自分は絶望の中へ足を踏み入れたわけなのだが、変わらずその図書館に毎日足を向けて歩いた。



絵梨が俺の気持ちに気付いていないのに、急に来なくなればもしかしたら、何かややこしいことに気付いてしまうかもしれないと思ったから。

それに気づいてしまえば、この一番の特等席でさえも奪われてしまうかもと思うと、それは我慢ならなかったのと、結局心の底から絵梨のことを想っていた俺は、心の中

は黒い感情でいっぱいで、図書館での2人の一挙一動をこの目に焼き付けたいと思っていた。

その時の俺は、絵梨のことで知らないことがあるというのがとてもじゃないが許せなかった。

全部、知っていたかった。

どんなにそれが耳や目が痛いことでも。






毎日毎日ずっと同じような日々が続いた。また俺たちも年を取ったし、そんなに長い間その図書館に足を運んだが、その2人には特別何も起こらなかった。

毎日毎日、何も起こらないというのを確認しに行って、ただ安心して帰る、というような毎日だった。






絵梨はあの筆談以来その人のことについて言及しなかった。

本を借りるときに、カウンターにいる彼を見つけては、頬を赤らめていたが、本当にただそれだけだった。





絵梨が中学3年生の冬に、図書館への目的が本を読むことではなく、受験勉強に変わったことをはっきりと覚えている。




高史は俺も一緒に宿題をすると言って聞かなかったが、一向にそれが完成させられることはなかったし、小学校で少し勉強ができた俺だって、絵梨がやっていた勉強内容を見てもさっぱりわからなかった。

絵梨はあの人を同じその絵梨らしい凛としたペンを綺麗なノートの上で踊らせていたが、もうあのビリビリに破られた国語のノートには何も書いてくれそうにはなかった。






受験勉強の気晴らしにと思ったのか、久しぶりに絵梨が本を借りた。

そこで、事は動くのである。






「本・・・・・・借りられるの久しぶりですね」

「え・・・!あ、はい。そうなんです」

「毎日来てますよね?あ、すいません・・・なんだかストーカーみたいだな」

「あ、いえ!そんな。本当によく来てるので」

「いつも何か借りるのに、来ないなぁって思ってて。はは、ごめんね」

「いえ・・・」

「勉強?に来てるの?」

「最近は、受験が近いので、その勉強してて・・・」

「あ、受験生なんだ!そっかぁ、大変だね・・・・・・でもきっと大丈夫だよ!頑張ってね!」

「あ、ありがとうございます」

「はい、じゃあこれ一週間後に返却だからね。知ってると思うけど」

「はい。・・・では、またっ」





彼は何とも優しい笑みを浮かべながら絵梨に話しかけていた。

絵梨は今までの絵梨をとは違って、目が泳いでいて、とてもつもなく顔が赤くなって、今すぐにでも沸騰しそうだったし、おかしいくらいに挙動不審だった。



高史はそんな絵梨の様子を見て、「絵梨なんかおかしくねぇ?あんなん見たことねぇよ。なんだあれ」と、今まで見たことのない絵梨に少し嫉妬しているようだったが、図書館の出入り口付近で絵梨を待っていた俺らの元に絵梨が来たときには、もう機嫌は元の通りだった。







絵梨はその帰り道、上の空だった。

高史がいくら絵梨に話しかけても空返事しか返ってこなかった、諦めた高史は、ついに黙って道路の端にある白線の上を後ろを振り向かずにずっと歩いていってしまった。





「はぁ」

「どうしたの、絵梨」

「いや、なんにもないよ」

「ため息なんて珍しいじゃん」

「私・・・変じゃなかったかな?って思って。髪の毛とか、あ、服とかももっと気をつけてれば良かったって・・・」

「・・・・・・」

「あ~本当に頑張らないと」

「勉強?」

「うん、頑張ってねって。きっと大丈夫だからって言われちゃった」

「・・・そっか」

「太一さんっていうみたい。いつも名札忘れてるのに、今日してたの」










高史は遠に俺たちよりも足を速く進めていて、背中が本格的に小さくなろうとしていた。








絵梨が確実に恋をしていた。

一年以上も何も言っていなかったのをいいことにその火は消えかけているかもと思っていたのに、その小さな消えかけの火は意外にもしぶとく、たとえ火はどんな姿でも火には変わりないことがわかった。





絵梨の新しい一面を見ることが喜ばしいことのはずなのに、やっぱりつらいことを認めなければいけなかった。

なぜなら、それが1ミリもこちらに向いたものではないことがわかるから。どんなその初めて見る表情や行動もなにもかも、その彼に対して向けられたものだから。

俺たちの前では、容姿だって気にしたことはないし、絵梨が勉強し始めたときだって、俺ははっきりと彼と同じ言葉を伝えた。

でも、それはいとも簡単に彼の言葉で、上書き保存されてしまった。むしろ、言ったことをさえ覚えているのかすら、危うかった。

そして、決定的だったのは今まで一度たりとも、そんな風に俺の言葉が絵梨の力になることはなることはなかったという事実を突きつけられたことだった。








「おーい!早く来いよ~!」

「もう高史ってば」






遠くの方から高史が俺たちを呼ぶ声がして、足早に高史がいる交差点を目指した。




心優しい絵梨は、小走りで高史の元へ向かった。俺はその背中を見ながら、まだこの特等席は譲りたくないと、そう強く思ったのを覚えている。















それは、いつの間にか消えていく。

気づいたら、自分には何もなくなっていた。

むしろ、最初から自分には何もなかったんじゃないかと思わされる。

そんな俺の光だった。







光だった。







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