第2話










「・・・・・・やめとけ」




少し考えた様子で、やっと絞り出された言葉は、俺の予想を大きく外れた。


てっきり高史も喜んでいるとばかり思っていたのに。

ただ、俺たちの間に走る温度差は、とんでもなく大きいように思った。




「悪いことは言わないよ。・・・・・・昔の絵梨の記憶のまま残しておいた方がいい」

「・・・・・・は?」

「・・・・・・わり、俺酔ってるかも」




そう言って高史は、トイレか、外の空気を吸いに行ったかどちらか知らないが、とにかく席を立った。




そんな言葉を残して去ってしまうものだから、嫌でも絵梨のことを考えずにはいられない。





絵梨に一番最初に出会ったのも、絵梨が俺たちの目の前から消えてしまった日と同じように、星の降りそうな夜だった。














「・・・・・・そこにいるの誰?」











それは、初めて俺が小3のときにプチ家出をしたときのことだ。

ささいなことで親と喧嘩して、出て行けと言われたからただ何も考えずに出て行った。

時間は深夜なんてものでもなかった。

夜の8時。

ただ、それは真冬だった。

8時とは言えど、街灯も切れていたそこは、真っ暗闇だった。




「誰?」

「・・・・・・」

「もう夜8時過ぎてるよ」

「・・・・・・関係ないだろ」

「・・・まぁそらそうだ」

「・・・自分は?」

「私は君と違って中学生だからね」

「・・・あんま変わんねぇじゃん」

「変わるわよ」




絵梨に会ったのは、家を出てからたったの15分後だったのに、それでも話相手が恋しくなった俺は、思いのほかたくさんのことを口走った。

なんで、この公園にいるのか。どれだけ親が嫌か、ムカつくか。

どれだけ、自分よりも全てのことに長けている兄貴が憎たらしいか。

そのときにムカついていたこと全てを吐き出したような気がする。




不思議と、そうして不満や口を吐き出すだけ吐き出したらスッキリしたというのと同時に、目の前の人があたかも自分のことを深く理解してくれたように感じるものだった。なんたって、目の前の彼女は、終始うなずきながら、俺の言葉になにも反論しなかった。




俺は吐き出すだけ吐き出した。

彼女はそれを全て飲み込んだ。

彼女はなにも溢さなかった。




「それでも、まだ3年でしょ?無茶しないで。絶対親御さん心配してるから」

「そっちだってまだ中1じゃん」

「私のことはいいから・・・ほら、帰るよ。家どこ」

「えーまだいいよ」

「もう1時間も経ったのよ!絶対探してるはず」

「絶対探してないってば」

「いいから」




そう、半ば強引に俺の手をとった彼女の手は驚くほど冷たく、ずごく申し訳ない気持ちになったのを覚えている。




そのあと、丁寧に道案内をした。

丁寧に彼女はドアの前まで送ってくれた。




家に入ると、親父は俺の頭を優しく叩いた。

だけど、それ以上は何も言わなかった。

その先、出て行け。なんて言葉は聞くことはなかった。




絵梨の家は偶然知った。

家に帰る途中で、「あ、これ高史の家だ」と呟くと、「高史と友達なの?」と言われた。

「友達も何も親友だ」と胸を張って言うと、絵梨が少し笑って、「私も友達なのよ。というか、もう弟みたいでさ。家が隣なの」と、目配せした家は高史の家とは比べ物にならないほどの豪邸だった。大きな門があって、なにがあっても壊れることはないような、そんな壁で囲まれていた。




そのときはただ純粋に、4人家族で2部屋を分け合う自分たちのアパートより遥かに大きな家に憧れ、羨ましく思ったものだった。




「うわぁ、こんな大きな家一回でいいから住んでみたいよ」

「・・・・・・そんないいものでもないけど」




それがこの日たった一つの絵梨の本音だったのかもしれない。

今思えばそう思う。




初めて会った時はたった一時間半の時間だった。

もしかしたら、また会うかもしれない。と思う自分の頭、その考えを受けた心は想像よりもワクワクして、ときめいていた。

ときめく心がこれほどまでに心臓に悪いことは知らなかったが、なんともクセになる感覚だったのを覚えている。

明日学校に行ったら、高史に絵梨のことを話してみようと、その考えでいっぱいだった。

ただ、なんとか、彼女とつながっていたくて。








絵梨はそんなこと1ミリも望んでなんていなかったのに。





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