K

第1話







歪んでく。




[同じ景色はもう見飽きた。だから、俺はもう行くよ]




流れてく。




[帰れる場所って?もうどこにもないんじゃない。何も残ったりなんかしないんだよ。]




縛られてく。

俺たちの記憶は都合よくはないらしい。

だってそれは、いつまで経っても僕たちを離してはくれないから。




[ねぇ、愛って、どんな形してるかわかる?]






街          第1話





あんなに大嫌いだったこの街に帰ってきた。

あんなに大嫌いだったこの街は、姿が少しは変わったんだろうが、

俺の気分はあの頃と変わらず最悪だった。

駅の近くには、行き場をなくした安っぽいヤンキーたちと人っ子ひとりいない駅のロータリーには似つかないビジネスホテルが心もとない様子で、ぽつんと立っていた。




「あぁ、マジでめんどくせぇ」




この言葉が自分の口から無意識に出てきたとき、どれほど自分が最低で、人間のクズなのかということ、そして、なにより大事なその何かが大きく欠落している人間だということを思い知らされる。


今日は、母親との最後の日だというのに。


涙の一粒さえ、そのエネルギーでさえ、惜しいんだと体は言わんばかりに淡々とタクシー乗り場まで足を進めていた。




「お兄さんどこまで?」

「市内で一番でかい葬儀場まで」

「はいよ」




別れを告げる場所でさえも、頭の中にある容量メモリーは使いたくない。普通、通常の人なら、深く記憶に刻まれることかもしれないけれど、俺にはただの箱でしかない。




「裕太!」

「よ、高史」

「よ、じゃねぇよ!遅いじゃねぇかよ!」

「悪りぃ、悪りぃ」

「ったく、もー。しっかりしてくれよ。喪主なんだぞ、お前」

「はーい」

「はいは短く!」

「・・・・・・ぷっ」

「なんだよ」

「お前マジで変わんないな」

「変わんねーよ。悪いか」

「いや、悪かないけどさ」

「とにかく時間ないから、早く挨拶済ませてこい」

「おう、ありがとな」




タクシーから降りた瞬間、すごい形相をした幼なじみの高史がこちらに向かってきた。そらそうだ、お葬式が始まる10分前ギリギリに喪主がやってきたのだから。

式場に入るとそこには申し訳程度の花が飾られていて、無表情の母親の遺影が、俺の目を射抜いた。その無駄に広い空間には、その小さな箱の中にいるそれと、俺だけで、まるで、この空間がこの社会の大きさを表していて、その中にいる俺たちがとてつもなく小さくて、無力で孤独だということをたったの最後の瞬間まで味わわせているようで、吐き気がした。




式は滞りなく終わった。なんせ来るのは何年ぶりかに会う親戚だけだ。喪主なんて名ばかりで、そう、ただそれはいつも通り。

特別なことなんて何もない。いつも自分でなんでもやってきた。




「お疲れさん~」

「お疲れ、今日はほんと助かったよ」

「新人なのに職場抜け出してきたんだからな~マジで感謝しろよ」

「感謝感謝」

「・・・・・・なんでだろ、全然腑に落ちないわ」

「ふははっ」




高史をこの街唯一の居酒屋に来た。久しぶりに声を出して笑った気がする。それくらいに俺の心は乾いていた。こんな日くらい涙でビチョビチョになったっていいのに。




「おばさん、急性心不全だったんだと」

「へぇ」

「うちのかぁさんが3日前に見たときは元気そうだったって言ってたからさ」

「・・・・・・」

「なんでだろって思ったら・・・急性心不全ならしょうがないよな」

「・・・・・・」

「・・・・・・だんまりかよ。まぁいいけどさ」

「・・・・・・わかるだろ」

「わかるけどさ。今日くらい・・・っ」

「今日くらい?今日くらいって・・・・・・俺がそう思ってどれだけ我慢してきたか」

「・・・・・・そうだな。ごめんって」




そんな辛気臭くなる話もほどほどに、俺たちは数年のブランクを埋めるようにさまざまなことを話した。正しくは、高史の近況について。なんでも、最近好きな人ができたとかで。




「いや、マジで、その職場の先輩がいい人なわけよ」

「へぇ。でもそれって誰にでもいい人なんじゃないの」

「・・・さすが裕太。それで悩んでんだよ~!」

「・・・・・・」

「・・・もう~どうしよ俺。・・・・・・あっ!」

「え?なんだよ」

「そう!」

「だからなんだよ。そのでかい声頭に響く・・・」

「絵梨!絵梨だよ!その先輩の同級生で友達だったんだよ!」

「・・・・・・絵梨?お前の隣の家の?」

「そうそう!」




急になにも聞こえなくなった。

周りの雑音も全てなくなった。

絵梨が?あの絵梨が?

信じられず、ジョッキを持ってそのまま止まってしまった。




「心配すんな。生きてるから」

「・・・誰も死んだなんて思ってなかったけど」

「嘘つけ。あの日どんだけお前泣いたか知ってるからなー俺は」

「うるせーよ」

「・・・会いたいか?」




絵梨は、高史と俺によくしてくれて、一緒に育ったのも同然だった。

それに、あの頃の俺には唯一と言っていいほどの心の拠り所だったし、

よくある話、そんな絵梨が俺の初恋だったのに。




なのに、絵梨はあの星の降りそうな夜に、

俺らの前から、俺たちの世界から姿を消した。




そう、消えてしまったんだ。





「会いたい・・・・・・会いたいよ」




気が付けば、口はそう力なく呟いていた。





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