㉕話 1586年9月1日

【原作書籍3巻付近】


織田信長公が運び込んだ大砲は坂東平野に向けて大甕神社近くの丘に備え付けられた。


小田原の城を灰燼にしたと噂される大砲。

その数およそ40。


見たこともない大砲。

相手を脅すためだけのはったりか?

しかし、大砲を固める兵は砲身に油を塗り、火薬と弾を込めて火を持ちいつでも撃てるように準備をしている。

到底おもちゃには見えない。


そして、今までの火縄銃とは明らかに形が違う火縄銃を持つ鉄砲隊2000が丘で整列する。


右往左往している坂東平野に広がる佐竹・蘆名・一向宗に向けて整列して静かに待っていた。


あの戦国随一と呼ばれた武田家の騎馬隊を火縄銃で撃退した織田信長公が今更はったりをかますとは思えない。

実際あの新式火縄銃は黒坂家の兵が使っている。

この整列している兵も本物のはず。


織田信長公とともに陣で静かに待つ時は残暑の日差しと蝉時雨。


戦場なのか?と思わせる一時だ。

甲冑から伝わる暑さ、汗が滴り落ちるが、床几に腰を下ろし微動にしない織田信長公は汗一滴流していない。


そんな織田信長公に森蘭丸が耳打ちをする。


「であるか。時は近いな」


「はっ」


「上様、時とは決戦の火蓋にございますか?」


「あぁ、信澄と徳川家の兵は武蔵を越えた。下野の最上と上杉も常陸に向かっている。そして、儂の水軍は常陸国海岸沿いを狙う陣となった」


「では、それを待ち進軍致すのですね?」


「いや、待たぬ。敵は北に逃げようと動くはず。そこをこの陣の大砲と海岸線に伸びた船で滅ぼす」


「敵の兵数は約5倍・・・・・・はっ、もしやこの戦も黒坂常陸様の発案で?」


「半分そうであるな」


「黒坂常陸様は船で指揮を?」


「あやつは幽閉した。あやつ・・・・・・常陸は戦場を見るのには優しすぎる心の持ち主だからな」


「えっ?」


織田信長公の言葉が理解出来ない。

近江の重要な城を任され中納言を拝命するほど武将に戦場は見せられない?

小田原の城を灰燼としておきながら?


「藤次郎政宗、黒坂常陸の事で無用な詮索をいたすな。もしするようであれば殺す」


そう言うと、織田信長公の護衛が一斉に銃口を向けた。

すると、片倉小十郎景綱が、


「伊達家には二心はありませぬ。その証が小次郎政道殿にございます」


「で、あるか」


右手を虫を避けるようにパッと後ろに払うと銃口は空を向いた。


なぜだ?なぜこれほどに重要な戦いに黒坂常陸を参加させない?

噂では軍師としているとされているのに?

だがそれを口出せば新式火縄銃の銃口は我に向けられ容赦なく放たれるのであろう。

毛利や長宗我部をあっという間に滅ぼしたとされる新式火縄銃。


この陣で圧倒的に少ない兵であるはずの織田信長公が余裕綽々なのだから信頼出来る威力なのだろう。


もし刃向かえば・・・・・・蜂の巣。


足利幕府最後の将軍、足利義昭は織田家嫡男が率いた兵により数百の弾を受け落命したとされている。

それを実現した火縄銃が今ここに2000ある。

簡単に敵には出来ない。


片倉小十郎景綱は自重しろと目で訴えかけていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る