23.5話『買われる桜子三姉妹・後編』6巻・発売前日特別SS
「能登守様、なにを!」
女子20人ほどを侍らせて、裸踊りをしている前田利家様の脇で太鼓を義理の甥である噂名高き前田慶次が奏でていた。
城で何度か顔は見ている。
「お~坊丸、貴様も飲め、ぬはははははははっ、酒は良いぞ、そうだ、ここの女子は良いぞ、ひくっ、誰か坊丸の筆下ろしの相手をしてやってくれ、ひくっ」
「うわ~酒臭っ、能登守様、上様の命にて来ております。 とっに、奥方の目を盗んでこの様に遊興していたとは歌舞伎者の名は健在でしたか」
「ひくっ、松にはないしょだぞ~ひくっ」
「能登守様はそのまま遊んでいて下さい。 用は慶次殿にございます」
太鼓を叩く手を止めると顔より大きな杯になみなみに注がれた酒を一気に飲み干して、煙管を咥えた。
「あっしになにか用ですか?」
「女子を買うのに付き合って貰いたい。 これは上様の命」
「へぇ~上様が巷の女をねぇ~」
「奉公させるのは黒坂常陸介様」
煙管をパシッと叩いて灰を落とすと、
「・・・・・・あの噂の男に?」
「いかにも、上様の命の恩人に相応しき女子を必要としている。 まだ初娘で胸は大きく、だが太っておらず目は大きく、鼻筋も通っている異国人のような顔立ち、そして身の回りの世話をさせるので働き者が良い」
「かぁ~注文多いね、坊丸さんよ~、しかし、心当たりあるよ。三姉妹だ。 出来れば揃って買ってやりたいが値が高くてね。 異国受けする顔だって南蛮商人が値をつり上げたんだ。 付いてきな」
そう言うと先ほど一升近く一気に飲んだはずなのにしっかりとした足取りで、歓楽街の奥の店に案内された。
看板には『東乃都屋』と書かれていた。
「へい、いらっしゃいってまた、前田のかい。 あんた買いもしないのに出入りしてほしくないね」
緑の着物に、どぎつい化粧をする醜い目を持つ妖怪?首には南蛮商人からでも買ったのか、銀色に輝く首飾りがギラリと光る。
「あぁ、違う違う、俺じゃない。 今日は上様の客人の世話をさせる者を買いに来たから金はある。 なぁっ坊丸さんよ」
「くっ、無責任な。 まぁ確かに金に糸目は付けぬ。 良き女子がいれば買い取る」
「へぇ~、良い客連れてきたじゃないか、でっどの娘を買いたい」
奥の竹で作られた牢屋に近い劣悪な環境で20人はいるであろう若い娘達が震え上がっていた。
戦で負けた敵方の者達などの行き場所。
村からさらってきた娘などもいるだろう。
「奥のあの三姉妹なんだが、どうよ」
「・・・・・・悪くはない」
「雪里ゆりのおばば、あの三人買わして貰うぜ」
「あれは南蛮商人がすでに買った娘達」
「へぇ~上様の命に逆らうって言うのかい?雪里のおばば」
「うっ・・・・・・」
「ここで商売出来なくなるどころか、織田領内住めなくなるな、雪里のおばばよ~」
「わかったわよ、その代わり南蛮商人に色付けて金を返すんだから高くつくよ」
交渉は前田慶次が脅しを混ぜ上手くしてくれた。
「金なら、城に取りにくるが良い。 これは前金と、約条の証文」
手持ちより遙かに多くの代金となってしまったが、確かに中々いない顔。
ここで求めておかねば。
牢屋から出されると三人はぷるぷると震えながら身を寄せ合い固まっていた。
「お願いします。どうかどうか妹達だけでも助けて下さい」
長女と思う者が地面に額を擦らせるように懇願してきた。
「織田信長様、近習、森坊丸と申す。 三人して、とある方に仕えて貰いたい。 身を差し出すのはそのほう一人で良かろう。 夜伽は出来るか?」
「・・・・・・したことはございませんが、妹達のためならば出来ます」
「うむ、恐い方ではない。 幼子にも優しきお方、ただ、妹達にも飯炊き掃除洗濯身の周りの世話はして貰うぞ」
「妹達も一緒なら、この身をその方に捧げて働かせていただきます」
そう言うと、一番の幼い娘が大泣きを始めた。
「姉様と一緒、姉様と一緒に暮らせる。うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
すると、もう一人も大粒の涙を流しながら長女の袖をがっしりと掴んでいた。
「なっ、三人離ればなれになるのは可愛そうだろ?」
「・・・・・・残りの娘達は森家の下女として雇う。他も買わせて貰う」
三人の涙を見てしまうと牢屋の中でそれを見ていた者達が不憫に思えてしまい、買うとついつい言ってしまった。
兄上様の家、我が屋敷、そして力丸の側に仕えさせる者として、なんとかなるだろう。
「くぁ~良い男連れてきたね、前田の~、これからもひいきにしておくれよ」
雪里と言う妖怪おばばは、にやりと笑った。
二度と会いたくないものだ。
店を出て娘達全員を一度、兄上様の屋敷に連れて行くと、兄上様は呆れていたが、兄上様は長浜の城を任せられると上様から内々に命じられていると言うので、人手は欲しかったから良いと雇ってくれるという。
「この三人が黒坂様にねぇ~、こう言う顔がお好きなのか? 私はのっぺりとした顔立ちのほうが好きだがな」
「私もです。兄上様」
「おい、三人、これからお前達が働く屋敷は黒坂常陸介真琴様の屋敷、そこで見聞きしたこと、一切の口外を禁ずる。 それを守れるか?」
「え?」
震えながら桜子と言う者が聞き返した。
「茶々様方も出入りするだろうし、やはりどこかの家中の娘などのほうが良いのではないか?坊丸」
「上様からは買ってこいと」
「始末しやすいからかのう?」
「そう思いますが」
「あの、お話の所申し訳ございません」
「ん?なんだ?」
「茶々様とは、あの浅井の姫様で?」
「そうだが、それがどうした?」
「私たちの父は浅井家に仕えておりました。 父から何があっても浅井家の為に働けと。 父の教えを破ることはありません」
「茶々様がたがお慕いになっている方の為なら忠誠を誓えると申すか?」
「はい、亡くなった父に、いえ、御上神社に誓って」
「そうか、坊丸、良い娘達を見つけてきたな」
「慶次殿のおかげで」
「前田慶次殿か、いずれ黒坂家で召し抱えられるだろうな」
「え?そうなので?」
「黒坂様の知識で出た召し抱えたい武将の名に入っていたからな」
「あはははははははははっ、これも奇縁ですね」
「いや、神が上様を、そして黒坂様を手助けしているのでろう。 おい娘達、すぐに黒坂様の屋敷にあがらねばならぬ。 身なりを整えよ」
「はっはい」
三姉妹を黒坂様が住むことになる元明智屋敷に連れて行き力丸に受け渡した。
この時の三姉妹が、正室同様に黒坂様に扱われ黒坂家の重役同等になり、人買いを無くすきっかけになっていくとは、わかるはずもなかった。
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