第999話 織田信長覇王の死

1634年6月15日




 その日は突然訪れた。




日課にしている袋田の滝の小道散策から帰り、茶を飲もうと茶碗を口に運んだ織田信長は、飲み干すことが出来ずに、力が抜けるように茶碗をコロコロと畳みに転がして、そして自身も倒れた。




佳代ちゃん率いる医療チームが、ベッドに運んで手立てがないか治療法を探っていたが、佳代ちゃんは静かに首を横に振るだけだった。




織田信長は静かに息をしているだけ、深い深い眠りに入っていた。




「太上皇陛下御看取り役として命じさせていただきます。これより太上皇陛下の部屋に入る者は、常陸様と佳代の方様といたします。これは太上皇陛下から命じられていたこと何人たりとも、この吉信が通しません」




寝所襖の前に織田吉信は太刀を持ち座った。




「茶々、大急ぎで常琴と琴時を呼び戻して、それと天穂と菊理や巫女達に社殿に入り神楽奉納を」




「はっ、すぐに」




俺は結界の準備を整える。


武士姿ではなく、神主の衣装に着替えて、俺が特に崇拝してきた鹿島神宮の分社の社殿に入って祝詞を上げる。




「祓いたまへ清めたまへ守りたまへ幸あたえたまへ 生命の理を逸脱する所業を許したまへ 魂を現世にとどめることを許したまへ」




五社の分社で神楽奉納がさせると神々はそれを許してくれたかのように袋田大子城は結界に包まれた。




準備をしっかりと整えて静かに眠っている織田信長の枕元に行く。




すると、目を静かにあけた。




「・・・・・・真琴、本当に楽しい人生だった。あの時、助けてくれて本当にありがとう」




かすれながらの声で静かに言う織田信長の手を取り、




「義父様ちちうえさま、未来で会いましょう」




「ぬははははははっ、最後に父と呼ぶか・・・・・・最後まで家臣ではなく食客の身分だったな・・・・・・真琴だが、最後は儂の子だ、ぬははははははっ」




「はははははっ、だからこそ好き勝手が許されたのかと」




「・・・・・・我が軍師は黒坂真琴ただ一人、未来の知識は万能であった・・・・・・楽しみだのぉ未来が・・・・・・」




吉信とその言葉を聞くと織田信長はまた、眠りに入った。




「御祖父様、今後の御指示を」




「魂はあの器に封印する。遺体は南極に輸送して埋葬する」




「はっ、御祖父様の命じるがままに」




「佳代ちゃん、準備出来てるよね?」




佳代ちゃんには冷凍庫を潜水艦に作って貰っている。




「マイナス30度、なんとか作ったから大丈夫だと思うけど」




「遺体の代わりに香木で作った人形に信長様の甲冑を着せて、安土に向けて行列を作って運ばせる。形だけではあるが安土で葬儀を執り行う」




そう、魂も肉体も封印してしまうため、葬儀は名ばかりの物。




その段取りは全て仕度済み。




6月20日




常琴と琴時が修行半ばではあったが到着、封印の儀の助力をさせるために社殿に入ってもらう。




そして・・・・・・。




1634年6月23日




織田信長100歳の誕生日




早朝太陽が昇ると同時に目をカッと見開いた織田信長は、




「是非に及ばーーーーーーーず」




まるで天に届けとばかりに大きな声で突如叫ぶと、その言葉を最後に息を引き取った。




いつ目覚められるかわからない長い眠りに。




俺はすぐに封印の儀を始める。悲しみを堪えて。




「天児屋根命あめのこやねのみことの力をもちて高天原の八百万の神に願い奉る 生命の理を逸脱する所業許し給へ 我 黒坂真琴が願い奉る 織田信長の魂を現世にとどめ置くこと許したまへ 鹿島の大神よ我に力を貸し与えたまへ 天命の封印」




八百万の神々は祝福してくれたのか、怒りなのか定かではなかったが、天は反応を形で示してくれた。


晴天の空だと言うのに雷は鳴り響いた。




そして魂の封印の器タイムマシーンAMATERASUは、黄金色に輝いた。




魂の封印の成功。




魂が抜けたが遺体をすぐに城の前を流れる久慈川から船を使って日立港に運ばせる。




「お江、かねてよりの予定通りに南極に」




「うん、わかってる。ヘーブンちゃんと一緒に運んで氷の奥深くにだね」




大切な仕事を任せられる信頼できるお江に、織田信長の遺体を任せた。




俺は葬儀に参列するため残らねばならない。




織田信長の死を悲しんでいる時間はなかった。




仮の葬儀を執り行い、初七日を過ぎた6月30日




常陸藩黒坂家、下野藩森家、磐城藩伊達家から集められた行列3万人で約二週間掛け、徒歩で安土に偽装した遺体を運んだ。




7月1日




安土城にその棺が入ると、遺体に一目と言う織田家一族を織田吉信が強く止めた。




この時、遺体を目にすることが出来なかった事、そして腐敗臭がしなかった事で中身に疑問を抱かれることとなったが、織田宗家が納得していることで黒坂家との対立にはつながらなかった。




1634年7月21日




本能寺の変から52年目と1ヶ月




盛大な葬儀が、安土城総見寺で執り行われ、棺を乗せた安宅船を琵琶湖に流した。




その安宅船に森蘭丸と力丸が代表して火を付けた。




表向きには琵琶湖で織田信長の遺体は火葬し、そのまま水葬とした。




これは織田信長の遺言として神格化を許さぬと言ったことで遺体が眠る墓を作らないためだ。




本当の遺体は南極に眠るのだけど・・・・・・。




俺と織田信長の物語は、52年目にして一区切りとなった。




織田信長が楽しい人生と言い残したように、俺も織田信長のおかげで楽しい人生だった。




これほどまでに歴史を変えてきた俺も、織田信長同様未来を見て見たい。




さて、陰陽道を息子達に極めさせるか・・・・・・。




俺は残りの人生を後継者育成に使うと決めた。




そして、残された時間で世界に恒久的平和を作るために生き続けようと。




「真琴様、これからが大変ですね」




「茶々、最後の時まで力貸してね」




「姉上様だけでないんですけど、私たちだってずっと支えますから」




お初が俺の背中をバシッと叩いて、燃える安宅船を見ていた。




また会いましょう、信長様。


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