第741話 孫・吉法師

 信忠との話が終わる頃、彩華が襖の外から声をかけてきた。


「よろしいでしょうか?父上様」


「あぁ、かまわない、入って良いぞ」


と、声をかけると1人の男の子と青年に成長した秀信と彩華。


男の子は、袴を履かず長い着物に粗縄の腰紐、短刀と木刀を腰に差して立っていた。


「父上様、吉法師に御座います」


信忠の息子の秀信と彩華の息子、俺の孫。


「これ、吉法師、お祖父様に御挨拶をしなさい」


と、信忠。すると、


「吉法師だ!見知りおけ」


うわ~なんか、やんちゃ坊主だな。もう一人の孫の北条の須久那丸とは大違いだ。


「これ、お祖父様に向かって、その口のききようはなんですか、いけません。ちゃんと頭を下げて御挨拶をしなさい」


と、彩華が怒ると吉法師は


「うるさい!お祖父様でも、いずれは家臣」


ん~大丈夫なのか?と、信忠が立ち上がり拳をゴツンと頭に当てると


「心違い致すな。常陸様はこの祖父と皇帝陛下の命の恩人、そして、常陸様は織田家の協力者、家臣ではない。常陸様が牙をこちらに向けたら、織田家は消える」


そう、俺は幕府や皇帝織田信長から官位役職を貰っているが、家臣ではない。最初に織田信長と取り交わした約束は今でも有効で、あくまでも俺は織田信長の食客であり協力者。

かなり無理があるが、臣下の礼をしていない俺は、その立ち位置が継続中、信琴には織田家の家臣として生きる道を命じたが、俺は違う。


「なら、俺が家臣にしてやる」


と、木刀を抜き面を打つかのように振りかぶって突撃してきた。


容赦はしない。


俺は、吉法師の右手を下から鉄扇子で叩き上げると、木刀は飛び襖に刺さった。


それでも、手をぐうにして殴りかかって来た吉法師の手と胸元を掴んで背負い投げにして、畳に叩きつけた。

まぁ、これは手加減はする。


そして、首本に鉄扇子を当て


「討ち取ったぞ、吉法師」


と言って、座り直した。


すると、吉法師泣くかと思ったら、一度立ち上がり身形を整えてから正座に座り、


「参りました」


と、頭を下げる。


親としてどうしようとおどおどしている、秀信と彩華に、俺は手のひらを向け制止して吉法師に


「いずれは皇帝を継ぐ身、このように誰彼構わず刃を向けるなど言語道断。自分より強者であろうと仲間に、家臣に引き入れるよう大きな心を持たねばならぬぞ、吉法師」


と、言うと


「はい、お祖父様、申し訳ありませんでした」


と、再び謝った。根は真っ直ぐな子なのだろう。

ただ、周りが御曹司、跡継ぎとして甘やかしているのが想像できる。

その為、打ち負かされた事もないのかもしれない。


「よし、もう良い。こちらにこい」


と、膝の上に座らし頭を撫でると香ばしい臭いと汗の臭い。


「うっ、風呂に入ってないな!よし、今から俺と風呂だ」


と、安土城内に改築増築された大きな風呂に向かった。


吉法師の頭を石鹸でわしゃわしゃと洗ったあと体も洗った。


「うわ~お祖父様!そこは剥かないで~~~~~~~~~~」


「ちゃんと剥いて洗わないと病気になるぞ」


「うわ~、痛い痛い、お祖父様、痛いです~~~~~」


可愛い孫だな。


このあと、吉法師は城に居る間、片時も離れようとはしなかった。

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