第652話 信海

「父上様、なぜに私が日本本国に帰らねばならないのですか?」


と、初めて俺に対して怒りを見せた信海だが、怒るのもわからなくはない。


帰すような失態は何一つとしてしていない。


家臣であるはずの柳生宗矩や、真田幸村、前田慶次に教えを請い桃信と必死に働いていた。


最前線である地中海を去ると言うのは武人として育っている信海にとっては屈辱的なはずだ。


「すまぬな。信海。俺の名代として考えるとやはりお前が適任なのだ」


「父上様の名代?」


「あぁ、これから言う事は必ず起きること良いか、心して聞け。1611年に日本本国の奥州の沖で地震が起きる。それにより津波が発生する。今まで俺はそれに対しての備えをしてきた。俺の領地だけでなく伊達政宗にも海岸線には住居を作らせず、備蓄を推奨し、住宅も災害に強いドーム型を導入してきた」


「はい、心得ております」


「だが、備えはいくらしても足りない物。絶対に津波に流される者が出てくる。そこで海を知る者が常陸国にいるべきだと思わぬか?」


「それが、私だと?」


「うちの主要艦隊はここに集結してしまっている。船は鹿島や大洗の港で今も増産体制で作っているが陣頭指揮を執れる者がいない」


怒り心頭だった信海も俺の話で察しているのか興奮の赤い顔がいつもの顔色に戻っていた。


「兄上様や茶々義母様だけでは海の救助には厳しいと言うわけですね」


「そういうわけだ。そして、信海、お前は日本本国に領地を持つ身だからこそ、こういうときに日本で陣頭指揮を執らねばならない」


信海と桃信の大きな違いは、信海は織田家の血を引く者で近江大津城主、桃信は織田家の血のつながりはなく、俺の好きに出来る領地のオーストラリアを城を任せる予定でいる。


「いちいちごもっともですが、ですが・・・・・・」


「信海、ここは堪えて日本に戻って備えてくれ。防災は俺の大切な政策の一つ。それを織田信長様が高く評価してくれ今の地位になった。その俺が近く起きる災害を知っていながら日本本国を離れている。なら、その名代がいなければ今までの防災の政策も軽んじている物に移ってしまいかねない。信琴と共に被害拡大を阻止してはくれぬか?」


と、説得すると信海は机の世界地図の日本列島を見てしばらく固まっていると、


「信海、父上様の命は聞く物です」


と、珍しく真面目な評定をしたお江が部屋に入ってきた。


「母上様・・・・・・」


「天正13年11月29日、1586年1月18日の天正大地震のおりは父上様は、すぐに迷わず陣頭指揮をとりました。そして、飢えで苦しむ民を助け混乱を最小限にしました。黒坂の名を継ぐ者として見習わなければならない行動です」


本当に珍しい、お江が一瞬、茶々やお初に見えてしまうような言動だった。


本来のうちに秘めたお江は、甘えん坊ではなく、茶々やお初のように男勝りの強い女なのだと気が付かされる。


本当に計算高い女だ。


だが、その計算高さが黒坂家を円満な物にしている。


こういう自信を殺し周りの調和を取り夫の株を密かに上げようとしている女性を「あげまん」と、言うのだろうが、こんなことを平成で言ったらセクハラとかの騒ぎになるのだろうな・・・・・・。


「わかりました。民をなによりも大事にしてきた父上様のお考えを無にしないよう、日本本国に戻って信琴兄上様と事を進めます」


「申し訳ないが頼んだ」


信海は未練などない顔に変わり、翌週には日本本国に戻っていった。


「マコ~、私達の息子なかなか良く育ったね~」


と、お江はいつもの甘えん坊に戻り俺の腕にしがみつきながら信海を見送っていた。

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