第533話 徳川家康
俺は徳川家康を警戒している。
その為、安土城内の屋敷に入ったのだが、翌日には徳川家康本人が屋敷を訪ねてきた。
家来は数人、襲撃ではないのはわかる。
屋敷内の茶室に通し、お初に茶を出させる。
床下では佐助が控えている。
「突然、申し訳ありません」
「いえいえ、信忠様は?」
「常陸様の薬が効いてか、痛みが消え回復の兆しが見え始めています。この家康、漢方に精通していると自負していたのに。常陸様は本当に色々知っていなさる」
と、古狸は頭を自らポンポンと叩いていた。
「ははは、知っていることだけよ」
と、答えてあげた。
お約束的な返事なのだが、家康には通じないだろう。
「常陸様、私めそろそろ隠居しようかと思っております。跡目を秀忠に譲って」
徳川家康62歳。
「まだ早うございませんか?」
「いえ、柴田殿のように家が分散されて相続されるようになる前に、きっちりと跡目を決めようかと」
「なるほど、秀忠殿を幕府の要職に継がせたい為ですか?」
「はい、徳川家はこのまま織田の幕府の要職に継ぐ家として残していけるようにしたいと思っております。このような事、常陸様だからこそ言えること」
徳川家康は俺と同じで副将軍の座にいる。
国内政治の中心人物の徳川家康、海外政治の長の俺。
「そうですね、秀忠殿なら武士を頂点とする政治をしてくれるでしょう」
「やはり、常陸様のお力でなにか見えるのですね?」
そう言ったとき、茶碗をすすいでいたお初が首を振り、それ以上の詮索はしてはいけないと合図をすると、家康は息をゴクンと飲んで静かにうなずいていた。
徳川秀忠、時代劇では無能な跡取りとして描かれており、その息子、家光が優秀に描かれていることが多いが実は、徳川家光を立てるが為、裏に徹する。
徳川幕府の基礎を築いたのは実は秀忠とも噂される人物なのだ。
「ここだけの話、常陸様は信長様がもしもがあっても、このまま織田家に?」
「家康殿、そのもしもの話しは好みませんが」
と、目に力を入れて返答すると、
「戯れ言です。お忘れください」
と、作り笑いでごまかしていた。
「もしもがあった時、俺は全力で信忠様を補佐しますよ。お忘れなく」
「いやはやいやはや、本当に戯れ言お忘れください。常陸様を敵に回せば、徳川など消えてしまいます」
と、言う徳川家康。
「徳川の家名を残したければ、これまで同様、織田の幕府を盤石な物にするよう励んでください」
「はい、心得ました」
徳川家康、俺を探りに来たのだろうが、俺にはその気など全くない。
でなければ、娘を秀信に嫁がせたりしないのだから。
「家康殿、関東の乱のおりに信長様に命を取られなかったことを感謝して生きることです。織田の幕府をしっかりと支えてください」
「かしこまってそうろう。そろそろ、信忠様を診てきます。本日は突然押しかけて申し訳ありませんでした」
と、徳川家康は帰っていった。
「食えぬ人物ですね」
と、お初は言う。
「そうだな、未来ではあの男が作る幕府が260年続く平和な世を作る。その能力を織田幕府で生かして欲しいのだが。佐助、わかっているな」
と、床下の佐助に合図すると、
「はい、信忠様の護衛はすでに忍ばしております」
と、返事が返ってきた。
俺には忍びの配下が実は多い。
前田慶次の家臣の忍び、柳生宗矩の家臣の忍び、真田幸村の家臣の忍び、伊達政道の忍びの家臣。
その中の選りすぐりの忍びを密かに、娘・彩華の側近として安土に入れてある。
娘の護衛であり、婿の護衛であり、信忠の護衛、そして、情報収集。
「真琴様は、本当に天下を狙わないのですか?」
「ははははは、お初、そんな物、欲しいなどと思ったことはない。俺は常陸を領地とし、好き勝手に出来ればそれでいいんだよ」
「そうですか・・・・・・」
と、お初は少しうつむき加減で返事を返してきた。
「お初、俺は野望はない」
「性欲は凜々なのに」
と、言って苦笑いを浮かべていた。
武将の娘である、男勝りのお初はもしかしたら俺を日本国の長にしたいと言う野望があるのかもしれない。
しかし、俺にはその気はさらさらない。
そんな事となったら好き勝手に海に出られなくなってしまうのは目に見えている。
日本国内で縛られてはしたいことも出来ずに終わってしまう。
俺の野望の矛先は、もっと先を見ているのだから。
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