第253話 1590年正月

 俺は安土城で新年を迎えた。


幕府の新年行事に是非とも参加して欲しいとの信忠の頼みを断る理由もない。


ただし、初日の出を拝みたいので安土城の天主に上らせて欲しいと頼むともちろん構わないと許可がおり、お江と二人で初日の出に対して柏手を打ち拝む。


初日の出は日本の神々を崇拝する俺にとっては大切な物だ。


決してイベントごとき振る舞いで初日の出に「上がった上がった見えた見えた」と、はしゃいだりはしない。


御来光に身体を晒すと身が清められる清々しい気が貰えて、また一年を頑張ろうと言う気持ちを沸き立たせる。


初日の出は俺が生まれ育った時代となんらかわらなく神々しい。


お江も騒ぎ立てずに拝んでいた。


お江は空気を読める、真剣なときには騒いだりはしない。


天主から下り屋敷に戻り朝食を済ませ、珍しく裃を着て再び城に登城すると、大広間に通される。


各地の大名・家臣がすでに着座している。


「常陸大納言様、おな~り~」


と、言われると正面を向いていた大名が一斉にこちらを向いて頭を下げる。


慣れないが仕方がない。


俺はその地位にいるのだから。


どこへ座るのかとキョロキョロ辺りを見回すと上段の間のすぐしたの右側には徳川家康が座っており手招きをしている。


やはり一番前の上座、しかも俺が座るのがわかるように熊の毛皮が惹かれ火鉢もすぐそばに置いてある。


寒がりの俺のための着座位置。


そこに座ると、


「上様のおな~り~」


と、呼び出しと言うのだろうか?小姓が大きな声で言うと上段の間に織田信忠が着座した。


「皆、新年おめでとう」


と、信忠が言うと列席した大名・家臣達は


「おめでとうございます」


と、一斉に頭を下げた。


俺ももちろん皆と同じようにする。


形式的な挨拶が終わると祝宴の膳が運ばれてくる。


酒を飲んでいると、俺に近づこうとする感じがわかるのだが、それを阻むように前田利家がすぐ近くに酒を持ってきた。


「常陸様、こないだは良い物をいただきまして活用しております」


「あっ、算盤ですね?気に入ってもらえて良かった。わざわざ返礼の刀貰ってしまってこちらこそ恐縮です。それに松様もわざわざ茨城城まで来ていただいて、本当に助かりました」


「ははははは、松は良い物が見れたと喜んでいましたよ。是非私も見てみたい」


「あぁ、うちの門ですか?是非遊びに来て下さい」


「それより慶次は大丈夫ですか?」


「えぇ、とても良く働いてます。民衆に紛れながら情報を集めている、慶次だからこそ出来る働きかと」


「そう言って貰えて良かった。不真面目が続いたら少しひっぱたいて良いですからね、なんなら私が懲らしめに行きますから」


前田利家は俺の隣でほかの者を寄せ付けないようにしていてくれて助かった。


俺は適当な所で、信忠に頭を下げ退室した。


慣れない場は本当に疲れる。

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