第169話 どぶ汁
『どぶ汁』それは、決してドブの汁ではない。
鮟鱇の鍋の一つで、煮ている際の『どぶどぶ』と、煮える音がするからと言う説もある漁師飯。
それを俺は、本丸の広間に設置された、だるま型ストーブで作っている。
鮟鱇の肝を鉄鍋に入れ、軽く炒めながら解して、ぶつ切りにした鮟鱇の身を投入、そして軽く混ぜ、ほどほどのところで切っておいてもらった白菜、大根、ネギを投入する。
シンプルな、どぶ汁にはこの三つの野菜が一番適している。
ニンジンやキノコなどを入れるなら、上品な醤油仕立ての鮟鱇鍋を勧めたい。
それは良いとして、俺はまだ水を入れていない。
忘れているわけではない。
隣で梅子が瓶に水を用意していたが、必要ないと断った。
蓋をして、弱火でしばらく放置すると、『どぶどぶ』と表現される独特の煮える音が聞こえてくる。
蓋を取ると、そこには黄色く油が浮く汁がいっぱいになっている。
「御主人様、水は入れていないのですが?」
と、桜子が不思議がっている。
「鮟鱇は身に水分を多く含むから、どぶ汁には入れないんだよ、まぁ、それだけでは足りないから、白菜とかから出る水分が良い加減にしてくれるんだよ、あとはここに味噌を入れれば完成だよ」
茨城県北地域流どぶ汁の完成
見た目は美しくはない、匂いも肝の独特の匂いがするから嫌いな人もいるだろうが、好きな人なら汁一滴残したくない病みつきになる鍋。
それを待っているのが、茶々達や力丸達家臣だけでなく、なぜか緑の狸・徳川家康と本多正純もいた。
城を作ってもらっているから仕方がない。
来ることは想定済み。ふふふ。
桜子達が椀によそうとするのを俺が止めさせ、
「今日は俺の料理だから」
と、椀によそう。ふふふ。
家康の椀に毒・・・・・・ではなく、食べにくい胃袋と顔面の目ん玉の着いた部分を入れる。
茶々がそれを見て笑いをこらえていた。
胃袋、硬いんだよ。
モチモチモチモチモチ、隠し包丁とか言われる切れ込みとか、入れれば良いのだろうけど、最初っから家康に出すつもりだったから丸ごと胃袋。
みんなに椀を配り俺も席に座って、
「さぁ、遠慮せずに食べてくれ、いただきます、おーーーーーーーーー久々の鮟鱇、うめーーー、胃に染み込む」
俺の冬の大好物。
「マコ~美味い、この汁、すごく濃厚で美味いよ」
と、お江が喜んでいる。
「美味しいのですが、この皮の部分ですか?ヌメっとした部分は少し苦手ですね」
と、お初は皮が苦手のようで、身の部分と汁を堪能している。
「あなた様が作る物は何でも美味しゅうございます」
と、茶々は言っているが、どうも肝の独特の味が好みではない様子、梅子に頼んで、肝なしの醤油仕立てを作ってもらうと喜んで食べている。
家臣達は黙々と食べ酒を飲んでいる。
口に合ったようだが、家康は、一生懸命、咀嚼している。
「うっ、美味いのですが、なかなかの噛み応え、これは顎に良い食べ物ですね」
嫌がらせのつもりだったのだが、意外に喜んで食べていた。
そして、本多正純は涙を流しながら食べている、大げさな。
最後に、ご飯を入れて、おじやにして食べると鍋は綺麗に空になっていた。
「ふぅ~美味かった」
「美味しいございました。やはり常陸大納言様は料理上手、これからも御相伴にあずかりたいものです」
「家康殿、食べすぎのには注意してくださいね、冬眠前の狸のようだ」
と言うと、腹をさすりながら笑っていた。
「決めました、私は黒坂家に仕えたい」
思わぬ言葉が出てきた。
「はい?」
「この正純、常陸大納言様の料理の虜にございます。ぜひぜひ私を末席にお加えください、殿御免」
と、家康に頭を下げている正純がいた。
俺は頭を掻くしかない。
「ほほほほほ、だと思っておったは、近江大津城から戻ってきた正純の目は、心ここにあらず、だったからの、この私もこの料理が毎日食べられるなら・・・・・・」
と、家康が言葉を詰まらせていた。
俺は力丸を見ると力丸も困惑気味な様子、主が目の前にいるのに他家に仕えたいなどと言うのはめったにないことなのだろう。
家康もどう返事を出そうか迷っている様子。
「んと、だったら派遣家臣になる?」
と、俺は提案した。
「「派遣家臣?」」
と、家康と正純が首をひねった。
「うちはさ、家臣って言うか人材不足しているから、正純は徳川家所属だけど、うちで働く、それでどうかな?」
「御大将、それでは、この正純が間者になるやもしれませんが」
と、力丸が止めに入る。
「この正純、そのようなこと絶対にいたしません。もし、そのようなことあらば我が一族の首すべてお斬りください」
「常陸大納言様、この私も黒坂家の家臣になりたいくらいの恩があります。正純にそのようなことはさせません。お役に立つのなら正純を黒坂家で働かせることに異存はありません」
と、家康が言うが力丸は渋い顔をしていた。
「まぁ、とにかく城やら治水やら忙しいから、とりあえずは、その間、うちで働くようにしてくれれば助かるから」
と、俺は返事をすると、正純は
「ありがとうございます」
と、俺と家康に深々と頭を下げていた。
料理で人の心を動かした瞬間だった。
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