第168話 鮟鱇

 年明けを土浦城で過ごしていると、政道が木箱に詰め込んだ、ある物を馬に抱かせて大洗から不眠不休で帰ってきた。


「げっ、そんな無理することなかったのに、今の季節なら一日くらいなら悪くもならないでしょ、大洗で一泊して帰ってくれば良いのに、ほんと無理させてごめんね、命じ方悪かったね、ありがとう」


大晦日に馬を出した政道は、翌日の元日の夕方に戻ってくる暴挙に出た。


しかも、漁師も元旦の初日の出と共に海に漁に出たらしく、物を頼むときには注意が必要だと感じた。


織田家の鬼とか呼ばれているらしいから、うちは地獄大名なのか?


「御大将に新鮮な物を食べていただきたくと、漁師も協力してくれました」


ぜえはあ、ぜえはあしながら政道が言う。


「とにかく、政道は今日、明日、明後日は休日、屋敷で休んでなさい。とっ、とに、人使いの荒い新領主って思われてしまうじゃん、体壊すから無理しないで」


と言うと、政道はなぜかうなだれていた。


「げっ。なにこれ~マコ~気持ち悪いの入ってるよ~」


と、食いしん坊姫のお江が木箱を開ける。


「これは、鮟鱇(あんこう)と言う魚で、常磐物の鮟鱇は絶品なんだからな、おおぉ、なかなか良い大きさのじゃん」


そこには、平成で買えば3万円とかしそうな大きさの極上の鮟鱇が5匹入っていた。


見た目はグロテスク。最初に食べようとした人に敬意を払いたいと思う代物だ。


西が当たっても河豚(ふぐ)を食べ続ける勇気があるなら、東はこのグロテスク深海魚を食べようとした勇気が良くあったと感心する。


お江が指でツンツンとしてプルプルとした感触を楽しんでいた。


「これをどうするんですか?御指示を」


と、台所に俺を立たせようとしない桜子が指示を待っていた。


鮟鱇のさばき方は独特で、鮟鱇に水を飲ませて腹をふくれさせ、吊るして切るのが有名だが、どぶ汁など不揃いの形で良いのなら、漁師や茨城の民宿などは肝、内臓だけは丁寧に取り出すが、あとはまな板の上で出刃包丁で叩き切る。


まな板の上で捌きにくいのは本当だが、お洒落な煮凝りや、とも酢にしないのなら、ぶつ切りで十分。


「先ずは、表面のぬめりを洗い落として、そしたら一匹は手本として俺が切るから、お爺様が好きで手伝っていたからわかるんだよ、桜子と梅子はそれを見て同じようにやって、桃子は大根と白菜とネギを切って」


白菜は、明治時代にならないと入ってこないらしいが、織田信長の天下のせいか輸出入が活発化して、手に入るようになってたい。


俺は桜子が丁寧に洗ってまな板に乗せた鮟鱇を尻の穴から上に向かって腹を切り広げ、中の臓物を丁寧に取り出す。


そして、ピンク色に油輝く物体を丁寧に脇の盥(たらい)に移す。


胃袋とかは別にする。


「マコ~これ綺麗だね」


と、お江が指で撫でていた。


「肝が肝心なんだよ」


「うわ、なにこれ、こっちのは中身に小魚とかがぎっしり入ってる、うわー溶けてる」


と、お初が騒いでいるのは胃袋。


鮟鱇の胃袋には大抵食べた魚、消化中の魚が入っている。


「あっ、それは胃袋で綺麗に洗って使うから」


「真琴様、これも食べるの?」


「鮟鱇には骨以外捨てるとこなし!って、言われるくらいなんだよ、まぁ俺は、胃袋の噛み切りにくい食感が好きではないんだけどね、その食感味が好きな人もいるんだよ、梅子、胃袋の中身は捨てて中のぬめり綺麗にとって洗って」


「はい」


「かしこまいりました」


うちの桜子・梅子、桃子は鶏も平気に捌くから胃袋の気持ち悪さも気にならない様子。


「真琴様が食べないなら捨てたら良いのでは?」


と、お初が言うと、茶々が、


「真琴様には、考えがおありなのよ、ふふふ」


と、笑っていた。


茶々は本当に俺の心読むの得意だな、胃、使う予定があるのだよ、ふふふ。


内臓を取り出し、中を一度洗い、背骨以外の部分を適当な大きさにぶつ切りにして盥に入れていく。


「こんな感じで、とにかく、この肝だけは丁寧に取り出してね」


桜子と梅子に指示すると次々に鮟鱇が捌かれていった。

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