第163話 左甚五郎

近江大津城を築城の際に信長の座る椅子に鳳凰の彫刻を掘ってもらった人物を探している。


左甚五郎、彫刻師として日光東照宮の眠り猫が特に有名ではあるが、各地の寺社仏閣に彫刻が残る人物。


しかし、その彫刻を調べると左甚五郎は一人ではないと言われていたりもする。


彫りの特長、彫り方が同じではないからだ。


昔話に登場するような謎めいた人物で、彫った彫刻の出来があまりにも素晴らしく命が吹き込まれ飛んで行ってしまった、などとまことしやかな伝説さえある。


それでも、彫刻師として後世に名が残るならなんらかの関与した人物くらいはいるだろうと期待しながら待った。


「御大将、左甚五郎ではない物の、鳳凰の椅子の彫師を城下で捕まえましてございます」


政道が言ってきた。


「捕まえた?え?」


「はい、捕縛しました」


「いやいやいやいや、捕縛じゃなくて雇いたかったの、なんで捕縛なんだかな、すぐに縄をほどくなり解放して、できるなら城に登城して貰って」


「いや、すでに三の丸の牢屋に入れてありますが」


「すぐに会うから、丁重に丁重に御殿に案内して」


「は、はい、わかりました」


本丸の御殿に連れてこさせると頭を畳にこすれんばかりに下げて、


「許してください、許してください、俺は何も悪いことはしていねえんだ」


と、ひたすら怯えている40前半ぐらいの鶴〇郎みたいな明らかに芸術家みたいな人物が肩を揺らして許しをこうていた。


「おもてをあげられよ、こちらの手違いで捕縛と言うことになってしまったが、御大将はそなたを雇いたいと仰せなのだ」


と、力丸が俺の代わりに言うと、芸術家の肩の揺れは小さくなった。


「雇いたい?このあっしを?」


「そうだ、ここにおいでの御大将、大納言黒坂常陸守真琴様お抱えの彫刻師にならんかと言う話なのだ」


「ひえー大納言様、とんでもねぇー俺なんか、とんでもねぇ」


と、肩の揺れは止まっていたが、頭はひたすら下げたままで俺のほうに顔はまだあげてない。


俺は、上段の間から降りて近づき、畳に爪が食い込んでいるのではないかと言うくらいの手をとる。


「申し訳ありませんでした。本当に手違いで、とりあえず頭上げてください。これでは話が出来ませんから」


「もったいねぇ、俺なんか俺なんか下の下の身分にもったいねぇ」


話がまともにできない、どうしようか、これしかないか。


「おもてをあげよ」


仕方がない、命令口調で言うしかない。


すると、ようやく頭をあげると額が赤く血がにじんでいた。


そこに俺は懐紙を当てて、


「大丈夫ですか?すみません、怖い思いさせてしまいましたね」


「とんでもねぇ、もったいねぇ」


まだ興奮はしているみたいだったが、仕方がない、とにかく落ち着いてもらうのに、茶を頼むとすぐに茶々が点てた茶が運ばれてきた。


「あなた様、なにをなさいましたの?」


「いや、手違いで雇いたかった人を捕縛してしまったみたいで、かなり怯えてしまってね」


「そうですか、そうですか、大丈夫ですよ、我が夫はむやみに人を殺すようなことはありませんから、さっ、お茶を飲み落ち着いてください」


「とんでもねぇ、もったいねぇ」


「えい」


バンッ


と、茶々は鶴太〇さんの背中を叩くと


「ひーっ」


と、言って〇太郎は、しゃきっとした。


「無茶するなよ、こっちが悪いのだから」


「ですが、このままでは話にならないでしょ、ほら、とにかく一口飲みなさい」


「いただきます」


温かな茶を一口飲むと、少し落ち着いたようでやっと俺の顔を見てくれた。


「君の名は?」


「へい、京に住む彫刻師の五郎と申します」


「えっとね、うちの専属彫刻師にならないかな?あの鳳凰の彫刻気に入ってね、これから常陸に城を作ったり、寺社仏閣を建てる予定あるから是非専属として、んー家臣として雇いたいのだけど」


「織田家の鬼の軍師と呼ばれる、黒坂様に雇っていただけるんですか?それも家臣として?」


「ちゃんと給金も出すし、五郎の腕なら彫刻の取りまとめ役として雇いたいのだけど」


「そ、そ、そんな大した腕では・・・・・・」


「いやいや、あれは素晴らしいと思うよ、だから是非」


「わかりました、そんなに褒めていただいた上には、あっしなんぞの腕でしたら左でも右でも大納言様に献上いたします」


「腕は献上しなくていいから、恐ろしいこと言うなぁ、じゃあ、五郎、『左』と言う名字を与え、また名も改めよ、そして帯刀も許し我が家臣となり『左甚五郎』と名乗り黒坂家大工取締役を命じる」


「名字までいただけるとは、ありがたやありがたや」


ありがたがるのはわかるのだが拝むのはやめてほしい。


おそらくこの人物が左甚五郎だろう。


あの躍動感に満ち溢れ今にも飛んでいきそうな鳳凰を彫れたのだから間違いない。


この人物をお抱えとして雇って、ある物を作りたい、彫らせたい。


左甚五郎が作る、『あれ』ふふふ、ふふふ、楽しみだ。





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