第152話 王の帰還

1586年9月5日


織田信長はどことなく暗い顔でキング・オブ・ジパング号に帰艦した。


身なりは整えられ平服に着替え血の匂いや泥臭さなどはしないが、魂の、怨霊が憑きまとっている臭いが漂っていた。


戦勝に浮かれた顔ではなく、殺した者への追悼の念を感じられる何とも言えない顔。


恐らく身体中が重いのではないのか?


口数は元々から少ない信長であったが、今日はなをさら少ないが、俺の顔を見るなり、


「見ていたのか?」


「はい、船からすべてを見ていました」


「皆殺しにしたことを責めるか?」


と、聞いて来たので俺は首を横に振った。


「俺の価値観で戦の善悪は言えません。ただ、この戦いで死んだ者の為にもこの後、戦をいかになくすか、いかに住みよい国にするか、それが重要かと思います」


「であるな、この戦いの噂が日本全国に広がれば、歯向かうものなど出まい」


そう言うと、信長は自室にこもった。


日本全国どころか、世界だって驚愕の戦いだったはずだ。


おそらく、南蛮人宣教師によって噂は世界に広がるはず、そう思いながら再び、常陸の地を拝んだ。


久慈川から流れ出る血はいまだに常陸の海を赤く染めていた。


それほど多くの人がこの戦いで死んだのだ。


圧倒的火力の武器を保持する織田信長、そして今までにない戦い方を提案する俺。


それは日本国中に轟いた。


幕府方として参戦した味方も、信長の軍の圧倒的火力に驚きを隠せなかったらしい。


参戦した褒美に関東に加増を求めようとするものなど現れなかった。


むしろ別の南蛮型鉄甲船には、奥州の大名の一門衆の家臣が、自ら進んで人質になり乗り込んでいるくらいだった。


常陸にはとりあえずの留守居役として徳川家康が残り、下野には織田信澄が残った。


残された遺体は、久慈川の流れに任せて海に流された。


海葬となった。


俺は静かに船中で祓いの言葉を唱え続け、信長についていた怨念を天に送った。


織田信長、これからの日本の為にまだまだ働いてもらいたい、ただただそう思ったのと迷う魂が天に上る事を願ったからだった。


1586年9月10日


圧倒的勝利をしたのにもかかわらず重苦しい空気のまま、南蛮型鉄甲船艦隊は大阪城に帰城した。


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