第141話 板部岡江雪斎
炎上する小田原城をただひたすら見ていると、夕暮れ近くになって小舟が一隻近づいてきた。
もちろん砲撃の準備がされるが、どうやら使者であるようで、小舟には甲冑を着ていない漕ぎ手と一人の僧侶が乗って近づいてくる。
「北条氏政からの使者、板部岡江雪斎と申します。大将に御目通りをお願いいたします」
と、遠くから声を張り上げていた。
「お使者殿、こちらに着かれよ」
と、兵士が声を出し誘導する。
キング・オブ・ジパング号に着船して乗り込むと、九鬼嘉隆が身体検査をしたうえで俺たちの居室に案内してきた。
織田信長はと言うと、砲撃がひと段落下のち一時間ほど燃える小田原城を眺めた後、上の居室で横になっている。
蘭丸の膝枕で。
居室に入ってきた板部岡江雪斎は俺の前に座った。
「北条氏康が使者、板部岡江雪斎にございます」
「中納言黒坂常陸守真琴にございます」
と名乗ると、少しひるんだ様子を見せて、
「この艦隊は常陸中納言様の軍にございますか?」
と、聞いてきた。
「違います、上に上様がおわします。上様直属の海軍にございます」
「な、なんと、織田信長公自らこの船にですか?」
「はい、これほどの戦力をほかには任せられませんからね、で、取り次ぐ前に使者の御用を承りましょう」
「はい、北条は降伏いたします。相模、武蔵の領地の安堵をしていただきたい」
「それは戯れですか?風前の灯火の北条になぜにそのように多くの領地を安堵せねばなりませんか?上様はこの度の乱を大変ご立腹、北条家を根絶やしにするおつもりですよ」
「申し訳ありませんでした。徳川殿の南光坊天海に反乱の同盟を持ち掛けられこのようなことに、本当に申し訳ありませんでした」
と、ひたすら謝る板部岡江雪斎。
「知っていますか?南光坊天海は妖、つい先日、徳川から追い出してやりました。だから、ほら、見てください家康殿もこの船団の後ろに付いてきていますよ」
と、戸を開け徳川家康の馬印が、旗印が掲げられている安宅船を指さし教えてあげた。
「騙されたのか、南光坊天海、おのれー」
と、床を突っ伏し悔しがる板部岡江雪斎、狐につままれたとはまさにこの事だろう。
「北条氏政の、首を差し出し北条氏規を当主とし伊豆一国、これが降伏の条件じゃ、と、上様が申しております」
と、蘭丸が上から降りてきた。
「だ、そうです。城にもちかえり協議してください、明日の昼までに返事がなければ相模、武蔵の沿岸はことごとく火の海になりますよ」
と、脅すと板部岡江雪斎は真っ青な顔をして、
「わかりました。直ぐに直ぐに城に戻り返答を致します」
と、行って下船した。
翌朝の朝、北条氏規が北条氏政の首を持参した。
城に戻った板部岡江雪斎の話を聞いた家中は直ぐに降伏すべしと話しが出たらしい。
南蛮型鉄甲船の艦砲射撃には物理的な破壊力より、心をくじく力が大きかったようで徹底抗戦の考えは全くなかったようだ。
こうして、関東の覇者は伊豆一国を領地と残し完全に織田家に屈服した。
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