第132話 船中

 1586年7月11日


大阪城を出陣する南蛮型鉄甲船の大船団は日本の陸を左手に側に裸眼でギリギリ見えるくらいの距離を進む。


船は平成の船から言えば、大きめの漁船ほど、そんな船はやはり揺れるが初めての戦の参戦のせいなのか、脳内アドレナリンが過剰分泌しているのか、船に弱い俺でも不思議と酔わなかった。


信長は、二階の自室に胡坐で座り微動だにしないでいた。


俺はそれを後ろに見ながら、目の前の働く兵士たちを見ている。


この場合、兵士、足軽というより船乗りと言ったほうが良いのだろうか?しかし、甲冑を着ているのだからやはり兵士なのだろう。


その中でも一人、立派な甲冑を着ている。


兜の前立てには金色の帆立貝が光っている。


その男がいろいろと指示を出しているように見える。


その男だけをしばらく見ていると、それを感じたのか後ろから、


「帆立の前立ての兜の男が水軍奉行・九鬼嘉隆(くきよしたか)だ」


と、目を閉じながら言った。


「なるほど、あの者に全て任せているのですね」


微動だにしないで指示を出さずにいる信長に言うと、


「海の上の事などわからん、わしなどが指示を出せば混乱するだけ、目標は指示した、あとは任せるのみ」


と、言う。


組織と言う物は何かと上が口出しをする物だが、実はその頭となる上の者が現場を経験していないことなど多々ある。


そんな未経験の者が口を出せば出すほど現場は混乱する。


信長はそのあたりをよくわかっている。


だからこそ口を指示を出さないのだろうと、顔を見ていると・・・・・・。


信長、実は船酔いしてませんか?顔色が珍しく悪く青ずでいるんですけど、大丈夫なのか?


気位が高い信長だから、触れないでそっとしといてあげよう。


紀伊半島を抜け、伊勢、志摩あたりに進むころには夕暮れとなり山肌に太陽が沈みだしていた。


赤く染まった夕焼けの中、陸側にはごつごつした小さい島々が見えるくらいのとこまで近づいた。


夕焼けに照らされる島々は一枚の絵画のよう、俺はそれを耐衝撃型スマートフォンで周りの南蛮型鉄甲船と共に写真に収めた。


そんなことをしていると信長は立ち上がり陸側の戸を開け放つと、おもむろに頭を一度下げて柏手を二度パンパン、と鳴らし再び頭を下げた。


なるほど、伊勢神宮の近くなのか?修学旅行で来るはずだったがこれなかったな。


と、思った俺も同じようにして拝んだ。


織田信長、神仏を信じないイメージが強いが実は家系は宮司の家系で、熱田神宮に寄進したり、仏閣の再建だってしている。


自分に敵対さえしなければ信仰心はある。


敵対する者はもちろん、神や仏そのものではない。


それを利用した一部の人々、利権と言うのだろうか、それを利用する一部の者が敵対者となる。


純粋な信仰心なら信長は否定しない。


そういう男なのだ。



「戦勝祈願ですか?」


「ほかの者には言うなよ」


と、夕日が沈んでいく先を見ている信長。


しばらく景色を見ていると、下から蘭丸が夕飯を運んできた。


船内には竈があり普通に煮炊きが出来る。


蘭丸は信長の船酔いを気が付いているようで、漬物と梅干と焼き味噌が乗った湯漬けだった。


そんな夕飯でも、腹がふくれ周りが暗くなると船の揺れも相まって眠くなり、一階の居室で夢の世界に入った。






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