第107話 お初

 桜の花見の後、安土城屋敷に逗留している。


織田信長が用があるらしいがなかなか時間を作れないらしい。


やはり征夷大将軍となれば忙しいのだろう、三日してようやく本丸天主の茶室に呼ばれる。


「常陸、お市がの頼みごとをしてきたのだ」


と、お茶を点てながら言う。


「えっと、大津の城では特に何も言ってはいなかったのですが」


同じ城、東と西には分かれてはいるがほぼ同居の義母、何か不満があったのか?


「お市には不憫な思いをさせてしまった、だからこそできるだけ願いは叶えてやりたい」


浅井長政に事実上の人質として輿入れさせておきながら、最後はその夫である浅井長政を殺した事を指しているのだろう。


「えっと、俺に言うってことは関係ある事ですね?」


馬鹿かって言われないように返答した。


「お初も貰ってくれるか?」


「はい?」


「馬鹿か?同じことを何度も言わすな、お初を側室にしてはくれぬか?」


「お市様の頼みと言うのが俺とお初の縁組ですか?良いんですか?姉妹で俺に嫁いで?その、この時代の習慣とかわからなくて」


「習慣か?そんな物がどうでもいいと考えるわしを知っているのではないか?常陸は」


そうだ、古いしきたりとかに囚われないのが織田信長だ。


「その、お初は嫌いではないですよ、ただ、ちょっと蹴りが痛いけど」


「姫に蹴られるようなことをしているのか?」


「してないんですけどね、良く蹴られます」


もう、お初の蹴りはあいさつ代わりなんでは?ってくらい蹴ってくる。


「なら、問題ないであろう、茶々はわしの養女として嫁いだ、お初は浅井の娘として嫁がせる、良いな」


「良いも悪いも信長様が決めたならもう決定事項なんでしょ?」


俺は家臣ではない、今でも客分だ、だが、織田信長は義父だ。


もうなんだか、ややこしいな。


「ああ、決めていることだ」


と言って、お茶が目の前に出された。


それを一口飲む。


ん?あれ?え?


「不味いか?」


俺のいつもと違う表情を察したのだろう。


「はい、信長様、疲れてないですか?」


「茶、一杯でわかるとはの、常陸、お主は朴念仁ではないの~見込んだだけのことはある」


「征夷大将軍が重いですか?」


「征夷大将軍などとは肩書でしかない、しかし、新しい国を作るとなると、今まで壊してきたのよりもはるかに考えなければならない」


「そうですか、信長様は自分で決めることをよしとしているからこそ仕事が多くなるのです。大まかな目標を掲げ信忠殿や秀吉殿や家康殿に仕事をさせてはいかがですか?」


「考えよう、その中に常陸、お主も数に入れるがな」


「はい、覚悟はしてますよ。茶々と結婚した時から」


「そうか、なら先ず悩みの一つを引き受けてくれるな」


お初の事だ、受け入れよう、嫌いではない美少女義理妹が側室、しかも、茶々の許しも出ている、俺が悩むことではない。


「はい、お引き受けいたします」


と、俺は頭を下げた。


その晩、俺は大津城に一通の短歌を送った。


『ツンデレの 美少女妹 もらい受け 蹴る事やめて 結構痛いから』


と、また、わけのわからない痛い短歌を書いた短冊を大津城との連絡役を走らせる役目を任せている慶次に渡すと、すごい冷ややかな目つきをして、ため息を出されてしまった。


「はぁ~あ~、御大将、これ送って良いんですか?」


「うん、下手なのはわかっているけど、そのままの心を心境を送りたいから」


「ですが、これはあまりにもひどい、なによりこの『ツンデレ』と言う言葉は理解できない言葉なのでせめてこれは変えたほうが良いでしょう」


ツンデレに変わる言葉ってなに?語彙力がアニメから進化していないから厳しいんだよ。


ツンデレ、ツンデレ、ツンデレ、・・・・・・。


猫だな、お初は猫っぽい、


『猫娘 美少女妹 もらい受け 蹴る事やめて 結構痛いから』


・・・・・・。


何世代にも続くアニメのヒロインが登場してしまった気がする。


「猫の子でも、もらい受けるのですか?美少女妹が貰った雌猫を蹴っているのをやめさせる和歌ですか?お初様に出す和歌にございましょ?はい、もう一回」


慶次、なんか美的なことには厳しいみたい流石、第一印象ミッチー。


しばらく散る夜桜を眺めながら考えた。


『勝気姫 あなたの心 もらい受け 決める常陸を 蹴るべからず』


「まあ、良いでしょう、しかし、下手ですね、御大将」


と、なんとも残念な者を見る目線が痛かった。








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