第106話 安土城花見1585年

 大津城で恋愛事に悩む中、桜の花見の茶会が安土城で行われるという連絡が来たので、久々に安宅船に乗って安土城屋敷に戻った。


同行人は、力丸、宗矩、政道と茶々とお江。


お市様が城の留守居役となってくれた。


幸村には農政改革の仕事を与えたので春となったこの時期は忙しい。


氏郷はまだ町の造営が続いており、ついでに治安維持の奉行も任せた。


安土城屋敷は前田慶次に留守居役としていてもらっていたので少し不安があった。


取っ散らかっているんではないかと。


屋敷に入ると意外に綺麗に整理整頓されていた。


「大津中納言様、お久しぶりです」


と、前田利家正室の松様が出迎えてくれた。


「松様、御無沙汰しております。結構綺麗に維持されてるので安心しました」


「えぇ、慶次の尻を毎日のように叩いていますから」


と言う松様は右手で素振りをしている。


慶次、大丈夫なのか?


とは、思ったが流石に冗談らしい。


傾奇者で知られる慶次だが、意外にも風流人。


汚いのは美学に反するらしく、家臣をこまめに働かせていた。


当の本人は、どこかに出かけているらしいが仕事をしているなら問題ない。


前田利家は賤ケ岳城城下の整備と領地となった加賀で忙しい日々らしくいなかった。


今度、賤ケ岳城を見に行こうかな。


提案者としての責任もあるし。


安土城内で開かれる桜の花見の茶会には家臣に公家衆、南蛮人や商人も呼ばれている。


茶会と言っても野点をしている場所もあるが、酒をふるまっているところもある。


俺はお酒を避け、お茶を飲む。


南蛮寺差し入れのカステラを食べながら。


桜の木の下に敷かれた畳の上で茶々と、お江も座る。


そんな中、近づいてくる人物がいた。


「おいででしたか、大津中納言様」


「これはこれは、三河守殿」


徳川井家康だった。


俺を怪しんでいる人物は向こうから近づいてくる。


後ろには、屈強そうな髭の蓄えた武将が一人ついている。


「カスティーラ美味ですよね」


「甘いお菓子は好きでして」


「異国の物は確かに美味しい、大津中納言様が作る料理には負けますが」


やはり何かを探りに来たのか?


「はははっ、私の料理など南蛮物に比べたら到底及びません」


「御謙遜をこの前の天ぷらを三河で作らせているのですがどうも、うまくいかないので」


鯛の天ぷらはやはりお気に入りになったのか。


食べすぎるなよ、腹ふくれてきているぞ、冬眠する前の狸のようだ。


「そういえば、御結婚おめでとうございます、上様お気に入りの大津中納言様はどんどん出世されますな、秘訣を教えていただきたい」


「そんな、秘訣などありませんが」


「またまた御謙遜をこの家康も織田家の臣下となりましたからには、大津中納言殿と仲良くしとうございます」


徳川家康は、織田信長が征夷大将軍になったことで同盟者から家臣へと変わった。


変わる前からほとんど家臣と同じ扱いではあったが、正式な臣下の礼をしたのだ。


「私などと仲良くしても出世は出来ませんよ、むしろ、御曹司、信忠殿と仲良くしたほうが良いのでは?」


「もちろん、岐阜様とは仲良くさせていただいてますが、家臣の中で出世頭は間違いなくあなただ」


「いやいやいや、戦場に向かうことのない私はもう限界、九州討伐で活躍するであろう、羽柴秀吉殿のほうが間違いなく出世しますよ」


「いや、私の見立てでは大津中納言様がこのまま出世すると思いますが」


「ははは、冗談を」


「三河殿、我が主は静かに桜を愛でるのを好みます」


と、茶々が言う。


「おおお、これは申し訳ありませんでした、今後とも良しなに」


と言って席を立つ徳川家康。


俺はあまり好きではない。


花見の茶会、顔を出すべきではなかったかな。


俺に近づこうとする者が遠くからチラチラ見ている目線を感じる。


俺に取り入ったところで何も良いことはないのに。


未来の知識を誰にも教えるつもりなどない。


しかし、火縄銃の改造に、パネル工法の開発、現在造船中の南蛮船の建造の提案を俺がしたと皆が知っている。


さらに変わった料理を作ることも。


その為、気に入られ織田信長の姪で義理の娘となった、茶々と結婚し大津に城をもらい中納言まで上り詰めたことを皆が知っている、となると俺に近づいて何らかのおこぼれをもらおうとする者は必ず出てくるのはわかる、仕方のないことだ。


だが、俺は誰かに取り入ってさらに上を目指すことなど考えていない。


このまま、織田信長に協力することを決めているのだから。


貿易の有益性を一番理解し、日本国を繁栄に導けるものは織田信長しかいない。


徳川家康は安定には成功はしたが国力を減退させた人物、そのような者に協力はしない。







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