第74話 徳川家康

襖を開けるとだだっ広い広間には徳川家康が座っていた。


一人の家臣と思う者が一番端の下座に座っている。


「お待たせしました」


と、言いながら上座に座る。


「突然の訪問申し訳ありません。明日、三河に帰るもので、その前に常陸様とゆっくり話をしたくて」


「俺とですか?」


「はい、興味があります。なぜ突然現れ、織田家家臣の重臣になったのか?なぜあのような料理が出来るのか?なぜ不思議な見たこともない技術を知っているのか?教えていただきたく」


「それは義父様はご存じですか?」


答えられないときには織田信長の名前を出すのが一番だと考えた。


実は今日は頼みの綱となる力丸は休みだ。


365日働きづめは、よくないので屋敷つとめの家臣、森力丸、前田慶次、柳生宗矩、真田幸村は交代制で休みにした。


わざわざ力丸がいないときに、この男は来たのではないか?


「いえ、個人的な興味で」


と、家康が薄ら笑いをしたところで茶々がお茶を運んできた。


湯気が立ち上るあまりにも濃いお茶なのか、湯気まで緑色が立っている。


茶碗の中が少し見えると深緑色、いかにもドロッとしてそうな色のお茶を家康にだす。


でかした、茶々。


「さあさあ、外は寒かったでしょう、熱いお茶をどうぞ」


と、勧める茶々。


家康は織田信長の義娘の勧めるお茶を断われずに、飲んで渋い顔をしていた。


口元を懐紙で拭く。


「では、常陸様のご出身は?」


お茶飲み切ってぐっと我慢の表情を一瞬したが、家康は俺の素性をどうにかして聞こうとしていると、廊下の障子戸が開いてお江が走って入ってきて俺の膝の上に座った。


良いタイミングだ。


「お江、駄目でしょ、義兄上様は今、大事なお話し中」


と、お初も良いタイミングに続いて入ってきた。


「えっと~」


と、二人の娘を見る家康。


「あ~上様の姪のお江とお初ですよ」


と、答えると追い出すわけにも邪険に扱うわけにもいかないと言う困った表情をする家康。


そこに追い討ちをかけるように、


「常陸様、常陸様はおいでですか?鶏が庭に逃げてきましたよ」


と、廊下に聞きなれた声が聞こえた。


「はい、こちらですが」


と、大きな返事をすると松様が入ってきた。


慶次、呼んでくれたのか?


「あら、三河守様ではないですか、お久しぶりに御座います。前田能登守利家の妻、松に御座います」


「お~、前田殿の、なぜここに?」


「はい、私は隣に住んでおりますので上様から若輩の二人の世話役を申し使っております」


と、俺すら聞いていないことを言っていた。


「三河守様、こそどうしてこちらに?」


「いえ、三河に帰るのに挨拶にと思いまして、宴席でとても珍しいものを食べさせていただいたので御礼かねがね」


「なるほど、常陸様は料理上手ですから」


と、対等に家康に接する松様はありがたい。


「長居をしてしまいました。また、安土に来ましたらゆるりと話したいものです。あ、よろしければ三河見物などいかがですか?鰻や海の幸を御馳走いたしたい」


「えぇ、機会がありましたら是非」


と、俺が答えると家康は退室した。


ふぅ~、何かを探りに来たのは明白だった。


家康が帰ったあと、慶次が俺の耳元で、


「忍は見つけられませんでしたが何者かが出入りしたようで雪に足跡がありました。念のため屋敷は、くまなく探しましたが出ていったようです」


と、報告してきた。


おそらく、徳川家康の家臣、忍だろう。


俺を探っている。


「慶次、しばらく警護を厳しくな」


「はっ、心得ております」


慶次、仕事は意外に真面目にしてくれた。


今後、家康の動向に注意しなければ。


「幸村、配下に家康を監視させてくれ」


「はっ、すぐに手配いたします」


茶々が不思議そうな顔をしていたので、


「念のためだから」


と、答えた。


本能寺の変の黒幕の一人ではないかと数えられる徳川家康。


そして、その後ろにいる謎の人物が気掛かりではあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る