第3話 チートスキル陰陽力

「ノウマクサンマンダ バザラダン センダマカショラダ ソヤタラタ ウンタラタ カンマン」


口から漏れるその言葉は、低く、まるで地面を這うような響きだった。


俺の前には、「人」はいない。


だが、見える。


目の前に蠢く、黒い影のようなもの。


それは狐の形をしていた。


赤い目がぎらりと光り、鋭い牙を剥き出しにして俺を睨みつける。


妖だ。


子供の頃から見えてしまう、この忌まわしき存在。


笑いたければ笑えばいい。


友達には中二病だと散々馬鹿にされてきた。


街中で突然真言を唱えれば、周囲の視線が刺さる。


「変な奴だ」


と囁かれ、遠巻きにされることもあった。


でも、見えるものを見ないふりをするのは罪だ。


傲慢だと、祖父ちゃんに教えられた。


鹿島神道流改陰陽道不滅明王如来――その名を継ぐ者として、俺は妖を封じる宿命を背負っている。


「ノウマクサンマンダ バザラダン センダマカショラダ ソヤタラタ ウンタラタ カンマン」


真言を唱えるたび、胸の奥で熱が渦巻く。


不動明王の力が俺の血を巡り、手足に漲る。


目の前の狐の妖が、苦しげに身をよじる。


「うわぁっ、ぬぬぬぬぬぬ、やめろーやめろ、苦しい、貴様はいったい何なんだ!」


その声は、まるで風に混じった怨嗟の叫びのようだった。


妖の姿が一瞬、桔梗の家紋を刻んだ甲冑を纏った武将に変わる。


顔は歪み、目は血走り、俺を憎しみに満ちた目で見つめていた。


「すまないね、桔梗の前立てのおっさん」


俺は小さく笑い、


「見えちまった妖を滅させてもらうぜ。俺は『茨城の暴れ馬』って異名を持つ妖封じなんだ。ちょっと不動明王様の力を借りて封印させてもらう」


「ノウマクサンマンダ バザラダン センダマカショラダ ソヤタラタ ウンタラタ カンマン」


真言が空気を震わせ、妖の姿がさらに薄れる。


その時、背後から別の声が響いた。


「おい、死神、何をしておる?」


歳は五十を過ぎているだろうか。


乱れた髪と鋭い目つきが、まるで時代劇から抜け出してきたような威圧感を放つ。


俺の奇怪な行動が、目の前の妖よりも気になっているらしい。


「何って言われると困るんだな」


俺は首を振って煙草の煙を吐き出した。


「うまく説明できない。でも、とりあえず俺は死神なんて大したもんじゃない」


その言葉を聞いて、寝間着の男が顔を歪めた。


そして、突然叫び出した。


「ぬおおおおおお!貴様、こやつを殺せ!すぐに殺せ!撃て、撃て、撃ち殺せ!」


バン。


バン。


バン。


バン。


火縄銃の音が夜の静寂を切り裂いた。


頬を掠めた弾丸の熱が、鋭い痛みを残す。


「痛ってえー!何なんだよ、これ!」


俺は思わず叫び、頬を押さえた。


血が指に滲む。


頭が混乱する。


「やっぱり本物なのか?何なんだよここは?撮影じゃないのかよ、ふざけんなよ!」


目の前には寝間着の男と、甲冑を着た若者が立っていた。


若者は美少年で、どこか現代のアイドルを思わせる顔立ちだ。


「それは、御館様の愛用の火縄銃」


若者が静かにそう告げた。


俺は床に落ちていた火縄銃を拾い上げ、呆然と見つめた。


重い。


冷たい鉄の感触が手に伝わる。


これは本物だ。


「ノウマクサンマンダ バザラダン センダマカショラダ ソヤタラタ ウンタラタ カンマン」


俺は反射的に真言を唱え、銃に陰陽の気を込めた。


狐の妖を追い出すつもりだった。


引き金を引く。


ドゥオーン。


爆発音と共に、体が大きく揺れた。


反動が肩に響き、腕が痺れる。


そして、次の瞬間――。


プチュッ。


バタン。


寝間着の男の頭から血が噴き出し、地面に倒れた。


俺が撃った弾が、妖ではなく男を貫いていた。


「謀反人、明智光秀、討ち取ったり」


美少年が静かに呟いた。


その声は冷たく、まるで歴史の教科書から抜け出してきたかのようだった。


「蘭丸、首を斬り落とせ」


男の命令に、若者が刀を抜いた。


グショッ。


ゴリゴリゴリゴリ。


血が噴き出し、首が地面に転がる。


俺はただ立ち尽くし、その光景を見つめていた。


気持ち悪い。


吐き気がする。


これは何だ?


歴史ホラーか?


スプラッター映画か?


「謀反人の首、明智光秀の首、討ち取ったり」


刀の先端に突き刺された、桔梗の家紋の兜を被った男の首。


俺の頭は真っ白になり、ただ一つだけ確信した。


これは現実だ。


だが、この現実を受け入れられず俺は気を失った。






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