ドクター・ガールズ
じゅん
わたしの夢、それは科学者。
「おとうさん、おとうさん!」
「なんだい、アカリ?」
「わたしね…。おおきくなったら、おとうさんとケッコンする!!」
「そうか、そうか。でもな、お父さん残念なことにアカリとは結婚できないんだ。」
「ええ!?なんで?」
「お父さん、もうお母さんと結婚しているから、それは無理なんだよ。」
「なんでなんで?わたしのほうがかわいくて、いいコなのに?」
「ごめんな。」
「うーん、そしたらね。わたし、カガクシャになる!」
「科学者か、いいな。」
「うん!わたし、おとうさんとおなじカガクシャになって、それで、せかいじゅうのひとをすくうんだ!」
「そうか、お父さん応援するぞ。アカリならなれるよ。」
ピッ、ピッ、ピッ。
目覚まし時計の音が鳴る。ちらと時刻を見ると、7時30分だった。もうひと眠りしたいが、起きなければならない。それが苦痛で仕方ない。
無理矢理体を起こすと、肩と腰のどんよりした痛さが迫ってくる。頭がぼーとして、数分の間は何も考えられない。けだるくて、窓から降り注ぐ明るい日差しがどうにもうざったくてしようがない。
7時37分になった。なんとか立ち上がると、軽いめまいに襲われる。数歩歩くと、足の裏でカランカランと金属性の音が鳴っている。見ると、数本の缶ビールが無造作に転がっている。拾う元気もなかった。
なんとか布団から脱出して、居間のテーブルにたどりつく。リモコンを操って、意味もなくテレビの電源をつける。画面の中で、無邪気に笑う幼稚園児の顔が映っている。わたしはその可愛いスマイルを阿呆のように見つめ続ける。
ふと、起きる直前の夢の記憶がよみがえってきた。それはずいぶん懐かしい回想だった。わたしが五歳ころの思い出だろうか。ちょうど今テレビに映っている子供と同じくらい幼い笑顔で、わたしはお父さんに高らかと宣言したのだ。
わたし、おとうさんよりもスゴいカガクシャになるんだ!
こどもの夢は誇らしくて、尊い。なんの混じりけもない願いは力強くわたしを鼓舞した。なんにでもなれる。そういう根拠のない自信が、確かに幼い頃の自分にはあったのだ。
たとえば過去からあの頃のわたしがやってきて、安い酒を飲み尽くした二日酔いの自分を見ると、どう思うだろうか。
たぶん、軽蔑するだろう。汚く、醜い人間だと思うだろう。あんな大人にはなりたくないと考えるかもしれない。
でも現実として、曇った目で今日を生きようとする大人-大学の博士課程で毎日狂ったようにあてもなく実験をし続ける24歳-が、れっきとした今のわたしなのだ。
あの頃と負けないくらい、成功するかもわからない夢を追い続ける科学者なのだ。
立ち上がってテレビを消した。真っ暗な画面の奥でうつろな目をした自分を見つめる。頬を手でパンと叩いて、無理矢理脳を目覚めさせる。
よし、研究室に行こう。
新たなる発見が、わたしを待っている。誰も見たことのないワクワクとトキメキが、わたしを待っている。
わたしは椅子から立ち上がって、服を着替え始めた。
ドクター・ガールズ じゅん @kiboutomirai
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