小さな飲み會

 卒業設計が終了し、數日間の休息を得た。とはいふものの、片附けやデータの整理などに時間を奪はれる。製圖室の片附けはサボタージュすると罰される。

 先日に作つた模型も今や用濟みである。學科の聯中も各自の模型を破壞し破棄してゐる。何ともあつけないものだ。皆が何日もかけて作つた模型は、教授達による數分の審査の後にはゴミとなるのだ。

 私は自分の模型を寮の中庭へ移し、オイルライターで火をつけ燃さうと思つた。修羅の焰は瞬く間にタバコビルを包み込んだ。私が浪人をしてまで入學し、やがて其の失敗を悟るまでに夛くを期待し、そして失望した建築の世界。其の集大成の卒業設計の模型。此れ迄の希望、努力、絶望を薪として焰は赤々と燃へ煙が黒々とした渦を巻きながら立ち昇る。タバコビルは恍惚として空へ還る寸前の刹那の輝きを放つてゐる。此れを以て私は建築と訣別する。今迄ありがたう。さやうなら。


 私の周圍のバンド界隈の先輩であるM.S氏とK.Yama氏(偉大な方々。最早友達のやうによくしてもらつてゐるのでとても有難く思つてゐる)や同期のK.Yashi氏(彼も偉大な男、負けたくないがむづかしい)と「はっぴいえんど」のコピーバンドを組んでゐた。一囘目のスタジオ練習がある。偉大な先輩たちとの練習は緊張する。一囘目でありながら全體的にそこそこの出來であつた。新鮮で面白かつた。

 其の後、スタジオの事務所にて社長と飲みながら話をした。深夜迄スタジオの豫約が入つてゐる場合、社長は客が歸るまで事務所にゐなくてはならない。そんな時に私などが事務所に顔を出せば、まんまと社長に捕まつてしまふのだ。でも私は其れに惡い氣はしない。嬉しく思ふ。

 社長は大抵の場合の酔つてゐるので、譯の分からないことを支離滅裂に云ふ。其れでも

「御前達は此の儘、好きな樣にやり續けろ」

と云つてくれてゐるやうに思ふ。愛されてゐることが分かる。私も社長が大好きである。

 そんな感じで此の小さな飲み會は深夜迄續ひた。

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