夜霧よ今夜も有難う
卒業設計の圖面と模型を提出したのちに喫煙所にゐたら、昔私が所属してゐたバンドサークル、通稱「うた會」の先輩であるChan.Y氏に會つた。彼は遊んでばかりゐることで有名だ。私は二徹明けで疲勞困憊であつたが、たまには遊びにゆくのも惡くはないだらう、と思ひ、Chan.Y氏の誘ひに乘つて、とりあへずうた會部室にゆくことにする。
其處で後輩たちに會つた。懷かしい氣分で一杯だ。すると、後輩のK.A氏が
「明日ライブがあります。其處では私も出演するのですが、私が最も好きなバンドの曲を演奏するので、非常に氣合が高まつております。其れを是非とも澂雄さんに見て欲しいのです」
と云つた。
私はかつて、
「二度とうた會にはゆかない」
と宣言したことがある。私は既に引退し、OBと云はれる身である。引退したにも關はらずサークルに入り浸るのは恥ずかしいことのやうに思ふ。その上、以前に不愉快な思ひをした。今のうた會は私のゐるべき場所ではないやうに感じたのだ。
しかし、私のお氣に入りの後輩であるK.A氏の望みである。K.A氏に此のやうなお願ひをされたことは嬉しかつたし、ゆかない譯にもいかないだらう。
翌日、ライブを見た。後輩たちは樂しさうに演奏してゐる。素直に良いと思ふ。
昔は友人や先輩、後輩の粗探しをしながら聞ひてゐた。でも今は違ふ。一歩引ひた處から、後輩たちの演奏を素直に樂しめる。
その後、後輩ら數人を率ひて飲みにゆく。今迄の苦痛に滿ちた生活が噓のやうに、快感が體中に滿たされてゆく。設計課題提出御疲れ樣。私は私なりに本氣で頑張つた。浴びる程、飲み食ひした。後輩らも滿足氣である。
酒は素晴らしい。樂しいことだけを強調してくれる。嫌なことは、歸路の夜霧が全て隠してくれる。此處でふと思ひ出し、口ずさむ。
忍び會ふ戀を包む夜霧よ
知つてゐるのか二人の仲を
晴れて會へる其の日まで
隠しておくれ夜霧、夜霧
僕らはいつもそつと云ふのさ
夜霧よ今夜も有難う
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