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 十八歳。私と私以外のたくさんのデザイナーズチルドレンは、その日を以て成人となった。大人の仲間入り。さて何が出来るようになったのだろう、それが今から大統領よりアナウンスされる。

 成人式のために、子供達は一様にめかしこんでいた。【大人になる】ということは、特別なことだと刷り込まれてきた。何が出来るようになるのかもわからず、チャイルドからどうアダルトに変わるのかもわからないまま、他の子供達とはちがう日に式典は執り行われた。私はといえば、白いフリルの着いたブラウスとイミテーションの宝石のアクセサリー、そして緑のスカートを身に着けた。普段通りでもあり、普段よりも少しだけおしゃれだった。人生で初めて、人前で化粧をした。この日のために練習をしてきたのだから、つくづく自分はバカなのだと思う。きっと、何かが変わるといいと期待していた。

 今日こんにちまで勉学に勤しんだ、この人類保護区画を率いていくための絶え間ない努力を賞賛される。大統領の演説は長々と続いた。それでも子供達は最後まで一言一句漏らさず真剣に聞き取った。それがどんな期待のせいだったのか、はたまた強迫観念のせいだったのか、自分達にもわからないだろう。否、こんなくだらないことを考えるのは、私だけなのかもしれない。ついぞ私達は、自身の内面の悩みを境遇を同じくするに打ち明けたことなどなかった。

「貴方達は、本日より卵子と精子をドナーとして提供する義務が与えられます。毎月指定の医療機関で検診を受け、四ヶ月毎に採取すること。採取された卵子と精子は凍結保存され、コンピュータの演算結果に基づく掛け合わせが行われます。最も遺伝的に優良な受精卵はそのまま人工子宮に着床されますが、選定に落ちた受精卵は、代理母出産、卵子提供者出産、あるいは破棄の選択肢が得られます――」

 そこからは、延々とキャリアとライフワーク、子育て支援について説明された。私の脳はしばらく稼働を止めていたようだった。ようやく意味を理解した頃、大統領は【デザイナーズアダルトの恋愛について】の注意事項を述べていた。

 曰く、性行為はあくまで恋愛の手段である。

 曰く、性行為による妊娠・出産に際しては、母体は出産まで卵子提供が不可能となるためその旨申請しなければならない。

 質問タイムが設けられる。何人かの子供達は挙手し、いくつかの疑問点を投げかけていく。その中の誰かが言った言葉は、私の心に衝撃をもたらした。

「つまり、我々には【家族ごっこ】をする権利もあるということですね。そして現在生活区で暮らしを営んでいる人々は、その家族ごっこの副産物と考えてよろしいでしょうか」

「良い質問ですね、その通りです」

「つまり、我々には人工子宮から生まれる名も知らぬ我が子と、【家族】となる我が子が双方存在しうるということでしょうか」

「そういうことになります。しかし法律上は、人工子宮から生まれる子供達はあなた方の子供とは見なされません。あくまで子供は【母親】、すなわち子宮の在処に属し、父親はその母親と婚姻を結んだ者に限ると規定されています」

「なるほど」

 思わず、私も手を挙げていた。三人目に私が指名される。渡されたマイクが生温かく感じた。

「質問失礼致します。大統領殿個人にお尋ね致します。あなたが成人した日、ここで、この場所で、この話を聞いて、何を考え感じられましたか」

 会場がざわめいた。大統領は不思議そうに私を見つめた。大統領が男性であったなら、私はこんなことを聞かなかったかもしれなかった。彼女だから、聞きたかった。教えて欲しかった。この胸の痛みと苦しさを感じたのは、私だけではないと。

「人類の栄光に携われることを、とても誇らしく思いましたわ」

 大統領は柔和に微笑んだ。そう言うしかなかったのか、本当にそう思ったから彼女は大統領なのか、そんなことはもうどうでもよかった。

 私は、絶望した。


 成人したから、外への出入りが自由になった。私は成人の証と配布されたばかりのICカードを使って、ゲートを開けた。そのまま走り出していた。ヒールが途中で折れたから、靴も脱いで、靴下も投げ捨てて裸足で走った。石ころを踏んづけたのも、鋭い切っ先の草が肌を刺してくるのも全部全部痛かった。

 キミドリエリアは、一年前と変わらずそこにあった。ダヴはその体には大きすぎる鋏でちょきんと草を刈っていた。私はその背中に抱きついた。初めて、私はダヴの体に自ら触れた。

「わっ……」

 ダヴは驚いて硬直した後、すぐに私と気づいて力を抜いた。今日は一段と、そのスカートが薫るようだね、と小さく笑ったが、それさえ私にはどうでもよかった。しばらく胸の苦しみが少し和らぐまでそうしていて、ダヴはどうしたのとは零したけれど、そうさせてくれた。

「ねえ、ダヴに聞きたいことがあるわ」

「なんだい。……あら、今日はめかしこんでいるね。とても似合っていると思うよ」

 いつもとは違う姿の私を見て、ダヴが目を細める。私はそれさえ苦しかった。こんな姿、なんの意味もない。

「……ありがとう。今日私は大人になったの」

「ああ、もうそんな日なのか。おめでとう。そしたら君は……君さえボクを忘れないでいてくれるなら、またここに来てくれたりするのかな。でも、どうだろう。ボクは今まで幾人もの子供達と知り合ったけれど、大概が大人になるうちにボクのことなんか忘れてしまったし、大人になった後はこんな場所用事がないから来なかった。ここはどんな人類も開拓できない場所だから、来ても意味がないんだってさ」

「私以外に、あなたの心を占めた子供がいたというの」

 私の声は震えた。ダヴは困ったような顔で微笑んだ。

「逆に、どうしていないと思うんだよ。ボクがキミ達と比べたらどれほど長い時を生きてきたと思うのさ」

「そう。そう……わかったわ、この裏切り者。でもいいわ。許してあげる。そんな風にしていても、今まで一度も林檎の木になってくれた子供はいなかったわけでしょうから。それともいたの? もう全部搾取済みかしら。枯らした?」

「その話、蒸し返すの」

 私の喧のある声に、ダヴは顔をしかめた。

「キミだって、あの日ボクから逃げたじゃないか」

「逃げてないわよ! 保留にしたの。あの場で決められることじゃなかった」

「あの時決められなくて、今は何か心変わりでもしたというの? あのね、軽い気持ちで、衝動で自分の身を植物にするなんて言うのはだめだよ。神話のダフネだって、どこにも逃げ場がなくて、仕方なく月桂樹になったんだ」

「なら私も今日からダフネよ。歴史は繰り返すわね」

 微笑んでみせたけれど、泣き声になってしまった。

「私はね、ダヴ。特別な子供として育てられてきたの。ずっとずっと。だから自由がなかった。それでも特別だからと自分に言い聞かせてきたわ。でもね、私今日気づいてしまった。私は特別なんかじゃなかった。ただの凡庸な、替えのきく何かでしかなかった!」

 ダヴは、その大きな目を更に見開いて、私に気圧されている。

「今更恋愛なんてできない。自分に価値があると思えない。みんなが私に求める価値は、私にとって埃ほどの価値もない。私は、」

 しゃくりあげる。それでもここで勢いを止めたくなかった。今言わなければ、いつか数多のデザイナーズアダルトのように、きっと何も言えなくなってしまうのだろうと怖かった。私はダヴの手を取って、両手で固く包み込んだ。

「私は、あたしは、不幸よ」

「……知ってる」

「ええ、不幸だわ。まずあなたが人間じゃない。あなたが人間で、私があなたに恋できれば、私溺れていられてたわ。きっと何も気づかずにいられた。あるいはあなたが犬や猫でもよかったの。あなたが人の形をして、私とこうして心を通わすのに、私と唯一心が通うのはあなたしかいなかったのに、あなたは私と恋ができなかった」

「……そう、だね。ねえ、こう言えばいい? ボクにとって、キミたち人間は捕食対象でしかなかった。だから優しくした。いつかボクに惑わされて、ボクの食料になって欲しかったから。他の子供達は実に頭がよかった。あるいは本能的にボクに恐怖し、ボクを忘れた。なのにキミは、キミだけはまんまとボクにだまされたんだ」

「おねがい……今そんなひどいことを言わないで。だますつもりが少しでもあったのなら、最後まで私をだましとおして」

 ダヴの指が、ピクリと動いて、またびく、と震えた。

「ねえ、私あなたの林檎の木になりたい。私だけを林檎にして。約束できる? 神様に誓える?」

「はは、神様だって? ボクが理解できない人間の性のひとつだけど、創造主に誓ったり願ったりしてなんになるって言うんだ? あいつらは、好き放題生き物を作って、あとは放置しているだけの気まぐれ共でしかないのに」

 ダヴの声には棘があった。

 それでも祈るように俯いて、必死でダヴの手にすがりついていた。ダヴからは怒ったような空気が滲んでいて、けれどやがてそれも和らぎ、ダヴはぽたぽたと涙を流し始めた。ダヴの白い足を雫が伝って、弓なりの草を撫でていく。私も顔を上げた。ダヴは潤みきったダイヤモンドのような目で私を見ていた。

「ボク達は、林檎の木をちゃんとお世話する。そのためにこの鋏だって、この涙だって、この場所だってある。一つの木を決めたら、他の林檎を求めたりするもんか。それで充分生きていけるんだ。キミ達人間とは違う」

「あなたみたいな子達がほかにもいるの」

「どこかには。この星には、ボクだけだ。ねえ、ダヴ、言っていなかったことがある。皮肉な運命なんだ。キミがボクにその身を捧げるなら、ボクは本来の寿命よりもっと長く生きることが出来る。その分だけこの星の自然は生を永らえるだろう。いつかはあんな建物がなくてもまた人は外を歩けるようになるだろう。キミ一人の犠牲で、人類は助かるよ。キミはその人柱のようなものさ」

「まだそんなこと言うの。頬をつねればいいの」

 私はダヴを睨んだ後、睨むのはやめて彼の涙を手で拭った。

「あなたの特別になりたいの。世界の特別にさえなれるなら、万々歳ね」

「その言葉が本心かどうかは、キミの林檎を食べてから判断してあげるよ」

「可哀想な人」

「お好きに呼んで」

 ダヴは私に口付ける。私は意思を手放した。私の足は指が伸びて固くなって、大地に埋もれ根を張っていく。深呼吸して胸を大きく広げれば、腕にはたくさんの葉が芽吹き始めた。空が近づいていく。私は眼下の小さなダヴの姿を見下ろした。この狭いキミドリエリアは、確かに林檎の木一本分の広さしかなかった。それがなんだか可笑しくて、笑おうとして、その前にダヴと見つめ合って、そこから私の意識はない。



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